YES!PROJECTによるYES!ナイトと治安警察法

盛況ブログ 政治「ネット時代」 「法律古い」改正望む声(産経新聞)
「YES!PROJECT」が本格的にスタートした。特定の政党や候補者を応援するものではなく、主な読者層である20代から40代に「選挙に行こう」と訴えるものだ。自民は同日、世耕弘成広報本部長代理が「1政党としての利害を超えて、日本の政治を活性化させるためにこうしたチャレンジを応援したい」とコメント。民主党も同日、総合選対本部の枝野幸男事務総長代理が「民主党は『YES!PROJECT』の動きに注目していく」と発表。」

廃止された治安警察法の8条1項をご覧下さい。

治安警察法

第8条

「1 安寧秩序を保持する為必要なる場合に於ては警察官は屋外の集会又は多衆の運動若は群集を制限、禁止若は解散し又は屋内の集会を解散することを得」

治安警察法は、市民が政治のコントロールバーを欲しがり始めた明治時代、市民の政治活動を抑えるため作られた法律です。

この法律により、国の操縦室に市民の代表を送ることこそ正しいのだとする結社、政党はは禁止されていきました。

当然労働者の権利を獲得しようとする運動も重罰が科されました。

これを制定したのが議会というシステムを心底蔑んだ元総理、山県有朋です。

彼は国の操縦桿を握るのは官僚という天皇に仕えるきれいな手だけに許されると考え、その操縦室を平民が選んだ代表にかき回されることをよしとしませんでした。

そのため山県有朋は治安警察法を成立させた同年に衆議院議員選挙法も改正させ、大選挙区制を採用して地盤と固く結託した強力な政党が生まれることを阻もうとしています。

更にウォルフレンも「支配者を支配せよ」の中で指摘している通り、現在、あなたやわたしの暮らす国では官僚でなく、わたしたちの代表者のほうが官僚に伺いを立てなければならなくなっているこの構造は、誰有ろうこの山県有朋によって作られたものだとされています。

100年前にエリート達による国の操縦しか認めなかった男の感性によって、現代でも私たちの代表が官僚達の壁に阻まれ思うように動けないという国家の機能不全が引き起こされているというわけです。

逆に言えばタックス・イーターである既得権独占層にしてみれば、国の操縦桿を本当に私たちの代表が握ってしまうことは、税という国の血液を一気に国の全身、すなわちタックス・ペイヤーである私たちに行き渡らせてしまう最悪の選択肢だということです。

選挙には民主主義の構造上、二つの重要な点があります。

その一つは、選挙はより自分の意向に近い代表者を国の操縦室に送ろうとする民主主義のガソリンであるということです。

そして今一つは、思う候補が選ばれなかった人や投票にいかなかった人も、誰であれ選ばれた代表達の操縦は、任期中は黙って応援する覚悟こそ民主主義というエンジンをよりマシに動かすということです。

昨晩、起業家の「YES!PROJECT」という呼びかけに応じてブロガーが麹町に集まった「YES!ナイト」では、起業家や現役の議員達から示唆に富んだ発言が飛び交いました。

なかでも会場にいた私にとって最も印象深かったのは、早稲田大学大学院の北川正恭教授による以下の言葉です。

「改革とは政治に対してすることではない。改革とはあなた自身の意識に対してすることである。」

法理メール?