内務省はかつて暴走した

「入管行政は弱腰」 興行ビザ問題で東京入管局長が指摘(朝日新聞)

「自らが同局入国在留課長だった95年に興行資格のチェックを強化したが、その後、立ち入り調査の際に国会議員から電話があるなどの「圧力」が強まり、「対応が腰砕けになった」と話した。 」

憲法41条をご覧ください。

第41条〔国会の地位,立法権

「国会は,国権の最高機関であって,国の唯一の立法機関である。」

入国管理局が基準とする出入国管理及び難民認定法は、行政法のなかの警察法・防衛法の中に配置されます。

他国人といえども人身の自由を抑制する強力な行政作用を営みますのでその権力行使には十分な配慮及び外部のブレーキが必要です。

人に権力を集中させると、あなたでもわたしでも、どんな好人物だろうが必ず濫用するというのが、我々が傷だらけになって得た教訓です。

そこでこの国の基本設計図も権力を一箇所に集中させないようにしています。

それが41条〔国会の地位,立法権〕であり、65条〔行政権と内閣〕、76条〔司法権,裁判所,特別裁判所の禁止,裁判官の独立〕でもあります。

ではここ日本で以前にそのような危惧される権力集中があったのでしょうか。

ありました。それが内務省です。
 
戦前の内務省には警察を含め驚くべき権力集中が見られたといいます。行政に及ぼす許認可による圧力はもちろん、地方自治内務省が握り、議会にも独自の影響力を持ち、言論の封殺を仕事にしていました。

アサヒの記事で入管の長が刑法改正の時期に合わせて国会議員を暗に批判している様はあまり気味のいいものではありません。

人身売買撲滅という言葉に乗せて、言っていることは「もっと誰にも口出しできないほどの
権力をよこせ」ということのようにも聞こえます。

たしかに危険な外国人犯罪も急増しているようで、現場で仕事にあたられる方々には大変ご苦労も歯がゆい思いもありましょうが、憲法という歴史の書を通して何故立法作用が、行政の手中に置くことを許されないのかといういきさつを今一度反芻してみてもらいたいです。

だれもが最初は忠実な職務遂行のためだけにより強力な権力を要求するのですから。

 

 

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