欲:人を操縦するもの

押尾学容疑者、女性の保護責任者遺棄致死容疑で送検

「一緒に合成麻薬MDMAを服用して容体が急変した女性を放置して死亡させたとして、保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕された元俳優、押尾学容疑者(31)について、警視庁捜査1課は5日、同容疑で送検した。送検容疑は昨年8月2日、東京都港区の六本木ヒルズのマンションで飲食店従業員、田中香織さん=当時(30)=と一緒にMDMAをのみ、田中さんの容体が急変したのに適切な救命措置を取らず、放置して死亡させた疑い。」(iza)

 

刑法の219条をごらんください。

 
219条(遺棄等致死傷)

「前二条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。」

 

遺棄罪とは、扶助が必要な人を捨て去ってしまう罪のことをいいます。

遺棄の種類には他の場所に移したりする作為による遺棄と、置き去りにする不作為による遺棄があります。

保護責任者遺棄致死罪は結果的加重犯ですので、その成立に必要な故意としては、基本犯である単純遺棄・保護責任者遺棄についてのものがあれば足ります。

そしてさらに被遺棄者・要扶助者の生命・身体に現実的な危害を加えることを認識していた場合には、殺人罪・傷害罪の成立の余地が発生するのです。

また遺棄等致死傷罪の成立には、遺棄や不保護と死傷結果との間に、因果関係が必要になります。

(立証が難しくなるのはこのあたりです)

ただし平成元年12月15日、最高裁は14歳の少女に覚せい剤を注射して錯乱状態に陥らせたにもかかわらず、救急医療を要請しなかった事件につき、不作為と死亡との因果関係を認めた判例を残しています。

そしていったん保護責任者遺棄致死を犯したと認定されたなら、219条により傷害致死罪の法定刑と比較して上限・下限どちらも重いものを適用することになります。

よって傷害致死罪の下限である三年以上の有期懲役、上限は有期懲役の最高刑二十年が適用されることになります。

また本件の場合には麻薬取締法違反との併合罪処理がなされます。

併合罪はふたつ以上の有期懲役に処すべき罪があるとき、重い方の罪に定めた刑の長期の1.5倍を限度に二ついっしょに一つの刑を科するものです。

結局刑法学上、押尾学被告には五年以上、三十年以下という刑の幅が用意されることになると考えられます。(参照:基本法コンメンタール 刑法 第3版 2007年版―平成18年の法改正に対応 (別冊法学セミナー no. 192)

 

わたしたち人間はその80年の一生を、さまざまな欲といっしょに暮らしていくことになります。

そして大抵の人は自分の幸福を追求しながらも、他人の幸福を妨げないで生きなければならないという条理を、子供の頃から大勢の中で育っていく課程で理解していきます。

しかし同時に人間という生き物は、いったん権力を与えられたなら、欲がとことん満足するまでそれを行使してしまう性をもあわせもっています。

欲を満たすための権力とは、時に名声であったり、容姿であったり、また人脈であったりするかもしれません。

法の想定する最大法益、”他人の生命”をも危険にさらそうとも、裸の欲は与えられた権力を目一杯まで行使して満足しようとすることに容赦がないのです。

それがゆえに法というものは人の性を冷徹なまでに見つめ、わたしたちが二度としくじりの歴史を作らないよう「法の支配」を隅々まで満たしています。(私見)