約款に内蔵された「特段の事情」というリセットボタン

ウイルスバスター、発売元がテスト怠り障害(朝日新聞)

もしウイルスバスター2005をご利用であれば、必ず以下の条文にあなたは同意していることになります。

ウイルスバスター 2005 インターネットセキュリティ使用許諾契約書

第3条 保証および責任の限定

「4. お客様が期待する成果を得るためのソフトウェアプログラムの選択、導入、使用および使用結果につきましては、お客様の責任とさせていただきます。本ソフトウェア(略)に起因してお客様またはその他の第三者に生じた結果的損害、付随的損害および逸失利益に関してトレンドマイクロ株式会社は一切の責任を負いません。」
 

個人の契約関係は,契約当事者の自由な意思によって決定されるのであって,国家は干渉してはならないというのが近代私法の原則です。

そうでなければ私たちは一々「あのー、月曜にジャンプ買いたいんですけど」と申込書を役所に提出するはめになります。

民法が市民社会で人が義務を負うのは、自らの意思でそれを望んだときだけだと定める法原理のことを私的自治の原則といい、これに基づいて契約関係を私たちに自由に統治させるルールのことを契約自由の原則といいます。

契約自由の原則は契約するかしないか、どんな相手とするか、どんな内容でするか、そしてどんな方式でするか干渉されないことを保障しています。

そのためあなたが大きな会社の商品、ソフトやら保険やら銀行口座開設やらを一方的な約款という方式の条件の下で契約するのも拒絶するのもあなたの自由です。

しかし自由といわれても、そのどれらにも約款は付いてくるのが現実なわけで、実際問題としては私たち消費者はそれを飲まざるをえません。

いわば約款には、大きな会社が事実上、社会を統治してしまう理由の萌芽が含まれています。

普通の人は、ウイルスバスター3条4項のいわゆる免責約款に自分が合意したらしい以上、一言も文句がいえないのかなと考えがちです。

最高裁もキャッシュカードが不正に利用され引き出された事件において、「特段の事情がない限り,銀行は,現金自動支払機によりキャッシュカードと暗証番号を確認して預金の払戻しをした場合には責任を負わない旨の免責約款により免責されるものと解するのが相当である。」と判じています(平成5年7月19日 最高裁第二小法廷判決)。

しかし実はこの有名な最高裁判例は、約款を絶対視した第一審判決を、消費者の方向により柔軟に変更したところに意義があるといわれています。

具体的には「特段の事情」という文言を付け、あまりに横着な契約内容、あるいはその履行状態のときは、いかに約款といえども民法の手投げ弾、信義則によってひっくり返されるぞという余地を意識的に与えているのです。

東大の内田貴先生も「約款規制の法律は,世界各国で制定されているが,日本には一般的な規制法はない。そこで,とくに消費者保護の観点から立法の必要が指摘されている.」とされています。

約款には「消費者は通常そのような長文などちゃんと読まないのに、なぜ約款提供者の意思と消費者の意思は合致しているといえるのかという根本的な法学上の問題点も含まれており、学説も対立しています。

約款は単に両者に意思の合致を証明「しようと」する文書にすぎず、それは完全な契約書とは見がたい要素を含んでいます(私見)。

まして法律そのものではないのです。

もしあなたが保険や銀行口座、有名商品を大きな会社の押し付ける約款の下に契約し、それによって社会常識上、甘受しかねるほどの被害を受けたと実感しているならば、いかに免責約款があろうとも、法解釈的には責任追及の糸口が用意されています。

そもそも全ての法律とは、弱い立場の人たちに利用されてこそ、その真価を発揮するものだからです。
 

 
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