泳がせ捜査の記事と報道機関の意義

「泳がせ捜査」記事でおわび 裏付け取材が不足 「組織的捜査」確証得られず(北海道新聞社)
北海道新聞社は昨年三月十三日、朝刊社会面に「覚せい剤130キロ 道内流入?」「道警と函館税関『泳がせ捜査』失敗」などの見出しで、道警と函館税関が二○○○年四月ごろ、「泳がせ捜査」に失敗し、香港から密輸された覚せい剤百三十キロと大麻二トンを押収できなかった疑いがあるとの記事を掲載しました。これに対し道警から「記事は事実無根であり、道警の捜査に対する道民の誤解を招く」として訂正と謝罪の要求があり、取材と紙面化の経緯について編集局幹部による調査を行いました。 その結果、この記事は、泳がせ捜査失敗の「疑い」を提示したものであり、道警及び函館税関の「否定」を付記しているとはいえ、記事の書き方や見出し、裏付け要素に不十分な点があり、全体として誤った印象を与える不適切な記事と判断しました。 関係者と読者の皆さまにご迷惑をおかけしたことをおわびします。北海道新聞社」

通称、麻薬特例法の第4条をご覧下さい。

国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律

第4条(税関手続の特例)

「税関長は、関税法第67条の規定による貨物の検査により、当該検査に係る貨物に規制薬物が隠匿されていることが判明した場合において、薬物犯罪の捜査に関し、当該規制薬物が外国に向けて送り出され、又は本邦に引き取られることが必要である旨の検察官又は司法警察職員からの要請があり、かつ、当該規制薬物の散逸を防止するための十分な監視体制が確保されていると認めるときは、当該要請に応ずるために次に掲げる措置をとることができる(以下略)。」 

泳がせ捜査とは、いわゆるコントロールド・デリバリーと呼ばれる捜査方法です。
 
(泳がせ捜査はマスコミ用語、コントロールド・デリバリーが正確な法学用語です。)

コントロールド・デリバリーには、禁制品を押収しないで流通させるライブ・コントロールド・デリバリーと、禁制品を無害の物品に入れ替えて流通させるクリーン・コントロールド・デリバリーとがあります。

たとえ事前に麻薬取引等を捜査当局が察知したとしても、これを泳がせて関係者を特定するためにあえて規制薬物を上陸させることは、出入国管理及び難民認定法関税法等の関係から問題があります。

そこで「麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約」の要請に基づき設立された麻薬特例法3条、4条がライブ・コントロールド・デリバリーを可能としている規定しています。[参照:田口守一 刑事訴訟法 弘文堂]

泳がせ捜査は、刑事訴訟法の規定に厳しく縛られる強制捜査とは異なり、自由度の高い捜査範囲におかれている手法です。

しかしながら主に刑事訴訟法とは、真実発見の要請とともに、捜査機関の暴走が捜査対象者やその関係者が手続一般の理念であるデュープロセスの要請(憲法 31条)を破らぬよう人権保障を要請するため捜査機関に科されている枷でもあります。

すなわち刑事訴訟法自体は、泳がせ捜査が失敗し、禁制品が大量に街に出回ってしまうというような、捜査範囲外にいる人達に新しい捜査手法が二次被害を及ぼしてしまう場合を想定してはいません。

それがゆえに、新設された麻薬特例法の4条は、「当該規制薬物の散逸を防止するための十分な監視体制が確保されていると認めるとき」に限って、この泳がせ捜査という国家の中に毒を飲むような危険な捜査権を与えているのです(私見)。

今回の北海道新聞は、コントロールド・デリバリーという捜査手法による派生被害を報道しましたが、十分な裏付け取材がどうもなかったようです。

しかしながら泳がせ捜査、またおとり捜査というような新しい捜査手法の周辺には、ともすれば捜査による二次被害がやすやすと発生しやすく、同時にそれが公になる可能性は非常に低いといえます。

そうだとすれば報道機関にあっては、取材ミスの判明などで今後腰が引けてしまうようなことなく、裏付けできた範囲の記事においてはより積極的に公表していってもらう必要があります。

なぜならば、そういう現場こそまさに報道機関がその存在意義を十全に実現できる場面に他ならないからです。

 

 

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