少年は野球の国から帰ってきた

新庄が日米通算200号 1回に11号3ラン(goo)

山本昌のカーブをとらえ、中越えに運んだ。節目のメモリアル弾に「こんなおれが200号。うっそーん打法」と無邪気なコメントを出した。」

プロ野球協約の第68条第2項をご覧下さい。

日本プロフェッショナル野球協約 2005

第68条 (保留の効力)

「全保留選手は、外国のいかなるプロフェッショナル野球組織の球団をも含め、他の球団と選手契約にかんする交渉を行ない、または他 の球団のために試合あるいは合同練習等、全ての野球活動をすることは禁止される。」

小学校から野球に励んできた元気な少年は、高校を卒業する時、いよいよ夢にまで見たプロ野球チームからのドラフト指名を受け、プロ野球選手としての人生を歩み出すことになります。

そしてそれを法律面が確約するのが選手と球団間の契約ですが、その契約書には統一書面が用いられることになっています。

これを統一契約書様式と呼びます。

だれもが想像に難くないように、12球団がすべて同じ契約書を利用して選手と契約するのは、選手のその後の球団間の移動などをスムーズにするための処置であると思われます。

すなわちその視線はあくまで野球少年のものではなく、興行主、つまり各球団のものです。

野球少年はまず、入り口の時点で興行主間の移動がしやすい形に身仕舞いをさせられるようです。

そしてこの統一契約書の全体に、”プロ野球協約に従う”旨の記述が散見され、これにより契約書にサインした野球少年は自動的にプロ野球協約にも拘束されることになります。

「協約」という言葉に一義的な定義はありませんが、分解してみればそれは「協力の」「約束をする」、すなわち興行主間が互いにつぶし合いにならないよう、選手の引き抜きを自制し、あるいは融通する約束とでも言い直せます。

野球少年は統一契約書という第一の整形の次に、プロ野球協約という第二の整形を施されます。

副次的拘束であるプロ野球協約のほうは、主体が実質的には「球団」であり、選手達の意思は現在の所事実上及んでいません。

さて、人を引きつけて放さない魅力をもつ新庄選手もプロ野球協約には服し、その68条は大リーグへの移籍の相当な障害になったはずです。

しかしその彼が現在は自ら息苦しかったはずの68条という条文の中に身を戻し、パリーグ、あるいは野球全体の人気をもり立てようとしていてくれています。

大リーグから帰ってきた野球少年は、興行主の思惑を超えて、野球への愛があふれているようです。

野球という見る人を元気にするビジネス全体が人をこれからも機能するには、興行主による選手の管理という協約から、野球愛をもった人たち相互間の協約に形をかえることがとても大切だと考えます。

そうでなければ海を渡った全ての少年達が、窮屈な条文の中に戻ってきてくれる保障はどこにもありません。
 

 
法理メール?