クジラの迷子は省令の掌で死んだ

東京湾に出没のクジラ死ぬ 死因は溺死 千葉・富山町沖(朝日新聞)

指定漁業の許可及び取締り等に関する省令の81条をご覧ください。

第八十一条(ひげ鯨等の捕獲等の禁止)

「大型捕鯨業者、小型捕鯨業者及び母船式捕鯨業者以外の者は、ひげ鯨等を捕獲してはならない。ただし、大型捕鯨業、小型捕鯨業及び母船式捕鯨業以外の漁業であつて農林水産大臣が別に定めて告示するものの操業中に混獲した場合並びに座礁し、又は漂着したひげ鯨等であつて農林水産大臣が別に定めて告示するものを捕獲した場合は、この限りでない。」

クジラの保護と保存は一九四六年に設立された国際捕鯨委員会(IWC)が管轄し、一九八二年に採択された決議により一九八六年以降は商業捕鯨は全面的に禁止された。現在は地域に密着し歴史的に行われてきた「生存捕鯨」と「調査捕鯨」のみが許されています。

この条約の名を国際捕鯨取締条約といいます。

しかしそれがもし混獲(誤って網にかかった等)されたクジラの場合は、省令81条にのっとって堂々と食卓に並ぶ運命にあります。

省令とは、その省庁に管轄される人たちに向かって大臣が発する命令のことですが、省令はもともと、法律の委任がなければその規定を設けることができません。

そしてその法律は、私たちの国では代表者が送り込まれた国会だけで成立することになっています。

これは実質的立法はすべて国会を中心に行われなければならず、私たちの国が戦争に負けるまで認められていた緊急勅令・独立命令のように、国民の意図しない場所から突然国民を拘束する法律が飛び出してくることを避ける考え方です。

これを国会中心立法の原則と呼びます。

すなわち、法律を根拠に大臣から発令される省令にも、各省庁の専門知識の前に細くなりながらも、私たちの意図が間接的に及んでいるはずであることが推認されるのです。

一方条約のほうは憲法73条3項により、締結権が内閣に与えられています。

内閣とは現在であれば小泉さんたちのグループのことで、実際に国のコックピットに座っているパイロットの人たちのことです。

一般に憲法学においては、条約と憲法が衝突する場合、どちらを優先すべきなのかが論点として論じられます。

それはつまり、あなたの家庭がマンションにお住まいのとき、自治会のルールと、家庭内のルールのどちらを優先すべきなのかという話に相似しています。

それが譲るべきでない家庭のルール(憲法)の場合、たとえマンション自治会のルール(条約)であろうともさからうべき場面があるのかもしれません。

しかし話が省令まで下がったレベルであれば、国家間の合意である条約が優先することは明らかです。

お母さん大臣の「お父さん、燃えないゴミはお父さんの役目でしょ!」という厳しい省令も、いざゴミ集積所まで行くと「山田さん、燃えないゴミは土曜だけだと自治会で決めたでしょ?」というマンション管理人の一言の前には、たとえ出勤前であってもお父さんは自室にゴミ袋をもって帰ることを余儀なくされます。

それがため、農林水産省の発令する指定漁業の許可及び取締り等に関する省令も、国際捕鯨取締条約などに抵触しない内容で成立しています。

件のくじらは、やせ細った背骨をみせながら東京湾内を出口を求めてさまよい泳ぎ、あと少しで太平洋に戻れるという場所で誤って網にかかってしまいました。

群れからはぐれては生きていけないという自然の摂理の前に、彼を助けようとする国際公法も、その国際公法に十分配慮した国内省令も、その立法趣旨を全うすることができませんでした。
 

 
法理メール?