背番号は90、民法の遊撃手

「1センチ105万円で身長伸ばす」効果なかったと提訴(朝日新聞)
訴状によると女性は、同社代表取締役の院長から直接説明を受けて06年7月末に身長が3センチ伸びる施術を契約。東京・銀座の本院で7~11月に月1回、機械に乗って施術を受けたが、効果はなかった。同社は最初の施術の前後に撮影したエックス線写真を示し「下腿(かたい)骨が3センチ余伸びた」と説明していたという。女性側は「医学的に荒唐無稽(こうとうむけい)」「誤信させるため、画像の倍率を操作した疑いがある」とし、「公序良俗に反した契約は無効」と訴えている。」

民法の90条をご覧下さい。

第90条

「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。」 

公序良俗違反とは、社会常識上、妥当性を欠いている行為だとする法的評価のことです。(私的定義)

社会常識といっても、その基準は時代や場所によって激しく変動し、これ以上抽象的にならざるをえない概念もありません。

なぜなら公序良俗を裁判官がどう定義するかによって、法廷に於ける結論は右にも左にも転ばせることができることになるからです。

しかも取引がもし公序良俗違反だと評価された場合、その契約は無効になるため、その言葉に裁判官による規定が徐々に蓄積されていくと、市民社会を潤滑させている”契約の自由”は自然徐々に後退することになります。

それゆえ公序良俗濫用の危険性は、民法90条立法当時から意識されてきました。(参照:公序良俗入門 渡部晃 商事法務研究会)

それは「感覚的にいってマズい取引なら、無効にする」といっているのも同然だからです。

にもかかわらず民法の90条、公序良俗違反はこれまで数え切れないほど裁判のなかで重要な役割を果たしてきました。

私的自治社会では、「法文の規定があるギリギリのところまでは、食い散らしてもよい」と解釈して商う輩が絶えないからです。

たとえば景品表示法4条1項1号、優良誤認表示に該当して排除命令を受けたものの例では、アサヒフードヘルスケアが錠剤型食品を販売するにあたり、「100%天然アセロラ」を繰り返しうたっていたにもかかわらず、実際にはそのビタミンCの大部分がアセロラ果実から得られたものではなかった例などがあります。(参照:景品表示法 菅久修一 商事法務)

優良と誤認させる表示を纏った商品に私たちが対価を支払わされるなら、私的自治社会の根本を駆動させる「意思決定の尊重」原理は、徐々にその方向性を誤ってしまうことになります。

公序良俗違反という概念にあえて形が与えられていないのは、そうした常識社会に散出する”逸脱”に反応し、それを自由に遊撃するためだといえるかもしれません。(私見)

 

 

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