手話:トランス・エフェクト

女社長ら3人逮捕/手話で聴覚障害者から詐欺佐賀新聞
「小林容疑者らは2000年夏から05年6月にかけて、「高金利を支払う」「聴覚障害者向けの施設を造る」などと言って約270人から約27億円を集めていた。親族に聴覚障害者がいることから手話が得意で、各地の障害者のサークルを通じて出資を勧誘し、被害は18都県に及ぶという。ほかに逮捕されたのは、元社員の町田栄子容疑者(56)と長男の訓清容疑者(28)=いずれも神奈川県湯河原町。小林容疑者は「詐欺と言われても仕方がない」と容疑を大筋で認めているが、町田容疑者らは「結果的にこうなった」と犯意を否認している。」

刑法の246条1項をご覧下さい。

第246条〔詐欺〕

「1 人を欺いて財物を交付させた者は,10年以下の懲役に処する。」 

人の心が眼や耳から情報を取り入れると、無意識下でその膨大な情報を取捨選択、加工をほどこして、自分だけの世界観を自分の中に再投影します。

その無意識下における情報処理方法は、各人が微妙に異なるため、私たちは一人一人異なった幻を見ながら、同じ世界に参加しているつもりでいます。

このときもし、自分の世界観生成方法そっくりの人が隣に現れると、私たちには一気にその心理的な距離を縮める傾向があります。

たとえそれが策略だったとしても、そうしたチューニング行為があれば、それは私たちの無意識に対して「彼は私に似ている。共通項がたくさんある。彼はわたしと同じ苦しみを感じている。警戒を解いてかまわないのだ」というメッセージを送り込むのです。

精神科医、ミルトン・エリクソンはかつて精神病院で5年間一言も口をきかなかった患者を見た際、患者の呼吸のリズムと自身の呼吸のリズムを同調させつづけただけで、最終的に彼の口を開かせることに成功したというエピソードを残しています。

そして数多の悪徳商法が、そのトランス・エフェクトをグレーゾーンでマーケティング・システムとして取り入れ、「彼は自由意思で契約したのだ」と言い逃れ、社会は被害者をそしるのです。

耳が良く聞こえない方々は、情報の選択経路を大きく手話に依存することになります。

目の前で彩られる指の動きの組み合わせは、もはや絶対的に依拠するところです。

もし入力経路が限られた人にむけて、そこにマーケティング・システムを設計する人がいたならば、ターゲットにされた人は自分でも驚いてしまうほどすぐに警戒感を解いてしまい、進んでその意志決定の主導権を相手に渡してしまうかもしれません。

つまりそこには、真っ当なビジネスマンであると名乗るうちは、自ら一線を引くべき領域があるのです。

女は慣れ親しんだ手話を用いて、大金を聴覚障害をもつ方々から巻き上げました。

行為を自分の中でも正当化するため、彼女は詐欺の故意を意識の中で薄めていたかもしれませんし、ひょっとすると当初は悪意がなかったのかもしれません。

しかし刑法が用意した詐欺の構成要件が、あざむくこと、すなわちその約束は果たされないことを知りながら、被害者に財物を交付させた事で足りる以上、彼女の手話を使ったマーケティングはもはやビジネスだったとは呼ぶことが許されないのです。

 

 

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