存在を縦に裂け

殺害短大生の言動で家族内トラブル 渋谷バラバラ事件 (中国新聞)
「亜澄さんとは不仲で約三年前から会話もなかったが、犯行日の昨年十二月三十日、「ゆうくん(勇貴容疑者)は勉強をしないから成績が悪いと言っているけど本当は分からないね。わたしには夢があるけれどゆうくんにはないね」と言われた。強い制約に耐えている中で「一生懸命勉強しているのに、勉強したって駄目だとなじられた」と感じたといい、捜査一課は亜澄さんの言葉に激高し、殺害に至ったとみている。」

刑法の第190条をご覧下さい。

第190条(死体損壊等)

「死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の懲役に処する。」 

自己の治癒」などを著した精神分析学者、ハインツ・コフートによれば、ささいなきっかけで生じる攻撃性、破壊性は太古的な誇大自己の傷つきという点から説明が可能になるといいます。

(以下参照:人をあやめる青少年の心 河野荘子 北大路書房)

コフート理論によれば、人は皆、自己愛的なエネルギーをもって生まれてくるといい、赤子の段階で自己愛を周囲への要求で満たそうとします。

親はそれを共感しながら関わることで、わたしたち一人一人の自己愛を健全に発達させるのだといいます。

そして健全に成熟した自己愛は彼の真っ当な自尊感情の源になり、その後の人生全般においても重要な役割を果たし続けるというのです。

ただしもし幼少時代、親とのかかわりに共感性が欠けていたり、共感的なかかわりが中断したりすると、心に縦横の分裂が生じるもとになります。

横の分裂は、自己愛エネルギーそのものが抑圧され、抑鬱感などへ繋がるのだといい、縦の分裂は、共感が得られない苦痛な現実から自らを切り離し、原始的な誇大感を永久保存しようとする分裂をいうのだといいます。

しかし縦の分裂で保存しようとしている太古的誇大自己は現実の裏づけをもたないだけに脆弱で傷つきやすく、そのためにささいなきっかけで傷つき、自己愛性憤怒を生じさせるとします。

自己愛性憤怒(ナルシスティック・レイジ)とは、自己への原始的愛が他者によって傷つけられたとき、他者へ激しい怒りを執拗に炸裂させるという、コフートによる概念です。

バラバラ殺人は、通常の殺人に比べて精神的、肉体的、そして時間的な労力が相当にかかるといいますが、自己愛性憤怒なら、その所行を尽くすに十分な衝動を孕んでいるといえるかもしれません。

判例によれば殺人罪死体遺棄罪は併合罪となり、殺人罪に加えた厳しい判断が裁判所によりなされることになります。

わたしたちは誰しも、子供の頃から心像と現実の軋轢に衝撃を憶えながら、なんとか新しい心像を手に入れて生きようとしています。

願わくば比較の罠からできるだけ離れること、それがこの旅全体を穏やかにするための教条かもしれません。

 

 

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