誠意の空虚は足元を打つ

羽賀研二が29歳家政婦と結婚(goo)
「羽賀は94年から5年間、梅宮アンナと交際。アンナの父親でタレントの梅宮辰夫(68)を巻き込み、世間をにぎわせた。「アンナパパ」と呼ばれた梅宮が2人の交際に困惑する様子が連日、新聞、テレビで報じられた。「羽賀には誠意が感じられない」というアンナパパに対し、羽賀は「誠意を伝えたい」と応戦。いつのまにか「誠意」が流行語になり、羽賀は「誠意大将軍」の異名を取った。」

民法の1条2項をご覧下さい。

第1条〔信義誠実の原則〕

「2 権利の行使及び義務の履行は信義に従ひ誠実に之を為すことを要す」

市民相互のルールである私権について、民法は第1条でその基本原理を定めています。

そしてその2項が定めるのが信義誠実の原則とよばれる一般条項です。

信義誠実の原則とは、相手方から一般に期待される信頼を裏切ることのないように、誠意をもって行動すべきであるという原則をいいます。

六法全書の中で、ほぼ唯一「誠意」を全面的な基準に採用するのが一条二項、信義則です。

それが唯一なのは、そのような不確定な基準を条文に盛り込むことは、用い方次第でどのような法解釈も可能になる危険性を秘めているからです。

さて婚約ですが、もともとその道のりに不確定要素が多い男女間のお付き合いにおいて、いったいどのような法的価値をもっているのでしょうか。

結婚の約束については民法に明文規定がなく、判例や学説の解釈にゆだねられているのが実情です。 [以下参照:民法判例百選 家族法 有斐閣]

まず明治35年3月8日判例は婚約と内縁を区別せず婚姻の予約など法律的には無効だと判断していました。

その後大正4年1月26日判例が内縁に関する判決が婚姻の予約は契約として有効であること、しかしそれを強制することはできないこと、不当破棄の場合には損害賠償の責任があること、その損害賠償は債務不履行責任であることを明らかにしています。

さらに昭和6年2月20日判例が法の保護に値する婚約は、当事者が誠心誠意で将来夫婦になることを合意していればよく、何らの方式も必要でないという判断をしています。

さらに最高裁昭和38年9月5日第一小法廷判決は「Y男,X女間には婚姻予約が成立したことを認定しているのであるから、不当にその予約を破棄した者に慰謝料の支払義務のあることは当然であって、X女の社会的名誉を害し、物質的損害を与えなかったからといって、その責任を免れうるものではない。」として婚約の不当破棄を不法行為として慰謝料の支払を命じた第1審・第2審判決を認容しています。

これら数々の判例の積み重ねにより、現代では婚約を横着に破棄すれば裁判所が損害賠償を命令する社会ができあがっています。

結局、婚姻の予約をした人は、誠意を糊に一方当事者に法律的な責任をすでに負っています。

法律論を離れても、自分独自の「誠意」の解釈は、もれなく自分自身に蓄積していくはずです。