サンタの名は被疑者取調可視化論

取り調べ録画 最高検「特命」6人、極秘推進(朝日新聞)
最高検は9日午後、担当検事の判断で取り調べの一部をビデオ録画・録音する試行を東京地検で7月から実施する、と正式発表した。歴史的な方針転換は、最高検が約2年前からチームを作って、極秘の検討を重ねた結果だった。「カメラの前では自白をとれない」との不満が捜査現場にくすぶる。その中で、検察首脳陣が試行を決断した背景には、実施時期が3年後に迫った裁判員制度への危機感があった。 」

刑事訴訟法の第319条をご覧下さい。

第319条〔自白の証拠能力・証明力〕

「強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。」 

記事を読んで思わず「あっ!」と声を上げてしまいました。

決して現れないはずのサンタクロースを見た気分です。

わたしやあなたがなにかの間違いで被疑者として勾留されれば、長い起訴前勾留中の取調に加え、起訴後勾留を利用した長期間の別件取調も受けます。

予算と日数と人員をかけた結果疑われている以上、真実は誤って捕らえられたとしても(学校で習う整然とした刑事訴訟理論を別として)そこには自白調書を上げることを目的とした技術としての追及が現実には待っています。

そのような取調の結果獲得された事実に反する自白調書は、本来刑事訴訟法319条1項にいう「任意にされたものでない疑のある自白」と呼ばれるはずですが、”国家を現実に運営していく”という大義の前にして、その制動装置はあっというまにただの飾りになれはてます。

いつの時代の冤罪事件もやっていない人による自白調書は取調室という密室性のなかからのみ量産されてきたのです。

いったんそれがまな板に上がってしまえば、ただの文書である自白調書からは、どのようなテクニックによってそれが仕上げられたのかは読み取ることはできません。

自白調書作成のプロセスのありのままを録画することにした最高検察庁の英断の価値はそこにあります。(参照:刑事裁判の復興 石松竹雄判事退官記念論文集 勁草書房

被疑者取調可視化論とはいたずらに検察の現場を妨げようという理論ではありません。

なぜ戦前のような”状況”が用意されると、取調官の役割を得た”わたしやあなたのような普通の人”が目の前の憎々しい被疑者をキューキューと言わせて、やってもいない自白調書が量産されてきたのか。

システムのデザインを考えはじめる起点をいつもそこからはじめれば、わたしたちが二度目の誤りを経験することはないはずなのです。(私見)

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