ハートビル法の立法趣旨と異形の定義

東横イン社長が不適切な発言を謝罪(日刊スポーツ)
東横イン」の西田憲正社長(59)が28日、前日の記者会見で「身障者用客室を作っても、年間1~2人しか利用がない」などと発言したことを謝罪するコメントを、同社ホームページに掲載した。「発言内容、態度について、多くの方からご叱責(しっせき)をいただきました。動揺を隠せぬままカメラの前に立ち、身体障害者の皆さまに対し不適当と思われる言動があったことを深く反省しております」などとしている。西田社長は会見で「正面が(身障者用)駐車場だとホテルとしての見てくれが悪い」など開き直りとも取れる発言をしていた。」

ハートビル法の第15条をご覧下さい。

高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律

第15条(高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる建築物の容積率の特例)

「特定施設の床面積が高齢者、身体障害者等の円滑な利用を確保するため通常の床面積よりも著しく大きい建築物で、国土交通大臣が高齢者、身体障害者等の円滑な利用を確保する上で有効と認めて定める基準に適合するものについては、当該建築物を同条第十三項第一号に規定する建築物とみなして、同項の規定を適用する。」 

ハートビル法とは、お年寄りや障害のある方、子供や妊婦などが建築物を利用する際の障壁を取除こうという法律です。

多くの公共の場所、また学校や市場、工場など、およそ皆が利用しようと考えるであろう場所に適用されます。

要求されるのは車いすに乗っている人が段差で出入りを阻まれないようにするアプローチのスロープであったり、足腰の弱い方のための階段の手すりであったり、視聴覚障害をもっている方を誘導するためのブロックであったりといったものです。

こうした利用円滑化基準を満たす建築物の建築主は所轄行政庁の認定を受けることができ、その際様々な支援措置を受けることができます。

たとえばハートビル法15条、容積率の特例であったり、また税制上の特例措置や、低利融資なども用意されています。

ホテルにとって容積率を増やすことができるとは他ならぬ客室を増やせることを意味しますし、その他申請をしない競業他社より多くのアドバンテージを公権力から受けて営業をスタートすることになります。

それは早く買い物を済ませようと、入り口にもっとも近い身障者用の駐車スペースに車を堂々と健常者の買い物客が駐車する行為と本質的になんら変わりがありません。

ところであなたは現在健常なお体をお持ちでしょうか?

私の場合はずいぶん前にオートバイを運転中、無免許かつ飲酒運転の車が逆走してきたことによってはね飛ばされ、現在も長時間の起立は難しい右足を持っています。

その手術とリハビリの入院中、向かいのベッドには頑健そうな現場監督さんが横たわっていました。

彼は仕事中、ほんの5cm程の段差で足を踏み外し、それ以降首から下の体を全く動かせなくなっていました。

日焼けしていかにも強そうなその方は、いつも奥さんと一級身障者手帳を取るかどうかを話し合い、現実の受け入れがたさと毎晩戦っていました。

私達の体が生ものである以上、全員が健常であることを前提に作られた建物しかない世界では、暮らし辛くなってしまう体に変わる可能性は誰をも平等に待ちかまえています。

障害をはじめからかかえて生まれてきた人ばかりの話ではなく、ハートビル法とは「弱者とは、いつなるやもしれない自分達のことである」という結論に社会がいきついて用意された公的枠組みのことにほかなりません。(私見)

それゆえにハートビル法の基準に合致すると申請する建築主には各制度上のアドバンテージが与えられることになっているのです。

それは誰かの立場を想像し、いつか来るかも知れない自分の立場を想像するという感性のもたらした仕事です。

そうした制度を悪用し、アドバンテージだけ吸い上げたあとはハートビル法の精神を咀嚼することを拒むように改造をつづけた件の経営者は、さぞや幸運な人生をこれまで歩んできたことだろうと思われますし、自信にあふれたその顔にはあたかもそれが書いてあるかのようです。

しかしどのような(身体的な)幸運をつづけてきた人においても、自律神経が心臓に鼓動を打たせることをいつ停止するかは究極的には全ては偶然に任せられています。

この偶然が全てを支配する世界で、異形と呼ぶべきものがあるとすれば、それは相対的に数の少ない身体的弱者のことなどではありません。

むしろ自らの身体の幸運をも当然のものだと傲慢にあしらい、利用円滑化誘導基準の装備を偽装して経営的アドバンテージを社会から騙取しようとする経営上の心的態度そのもののほうが、異形という言葉にはふさわしいと思えるのです。