そして指導者はみな原理主義者になった

新法王は「教理の番人」 カトリックの伝統重視(CNN)

「新法王はコンクラーベ開始に際したミサの説教で、「教会の信条に従ったはっきりした信仰をもつことは今日、原理主義とレッテルをはられてしまう。こんにちの基準で唯一認められるのは、ありとあらゆる考え方の風に吹かれて流される相対主義のようだ」「私たちは相対主義の独裁に向かっている。相対主義の最大目的は自らのエゴと欲望であり、何一つとして確かなものを認めようとしない」と批判し、伝統的神学を重視する保守的な立場を明確にしていた。」

憲法の20条をご覧ください。

第20条〔信教の自由,国の宗教活動の禁止〕

「信教の自由は,何人に対してもこれを保障する。
いかなる宗教団体も,国から特権を受け,又は政治上の権力を行使してはならない。何人も,宗教上の行為,祝典,儀式又は行事に参加することを強制されない。
国及びその機関は,宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」
 

あなたは学校で「日本は政教分離だ」と学びました。ボーっと聞いていたらそういうものかという感想しかでてこないか、ことによると暗記が大変で感想もでてこなかったかもしれません。

しかし政教分離というシステムの前には「政教一致」という時代が長々とヨーロッパで続いていたのだということを反語として想起できなければなりません。

それは神が絶対権威であるシステムでした。

政教分離とはそれまでの神の座に法を置きかえる国家システムであり、その途端宗教は法律に守られるという上下の逆転が起こります。

これを近代国家といいます。

しかし法律が王位を継承すると、法律通りにやって富を独占できる少数の人たちと、法律通りに生活しているのになぜかその人たちの手足にしかなれない絶対多数の人たちに世界が二分されてきました。

そのため王座にもう一度法というルールでなく神を座らせようという一群の人たちが世界中にあらわれています。

それが貧困に苦しむイスラムから現れたビンラディンなどのイスラム原理主義であり、暴力や麻薬に苦しむアメリカの原理主義カトリック系団体が再選させた熱心な信者であるブッシュ現大統領であり、またユーロによって国境がなくなり、政治的にリベラルな運動が勢いを増しつつある欧州でこれに反発するローマ・カトリック内部の原理主義組織の影響下にある新法王だといわれます。

新法王の上記CNNニュースのような原理的発言はそれを裏書しているようです。

イスラムでも、欧州でも、そしてアメリカでも法律に対し、王座を神に返せと運動がはじまっているようにも見えます(極私見)。

ここ日本ではどうでしょう。

絶対天皇制と国家神道は殺戮の旅団を世界に送り、私達自身もたくさん死にました。

その反省をこめて憲法20条はやはり王座を法に明渡すことを明記しています。

しかし私達はつい最近、絶対君主型の集団が霞ヶ関で毒をまくのをみました。原理をもたない私達の中にも、法律ではない王を求めはじめている一群の人たちがいるのかもしれません。

法律という、いってみれば文章の記述でしかない巻物では満足ができない一群の人たちが火柱を上げはじめています。

あなたもわたしも選択をせまられています。
 

法理メール?