不正受験:処罰感情の鳥黐

予備校生逮捕「1人でやった」 入試ネット投稿、偽計業務妨害容疑

「京都大など4大学の入試問題が試験時間中にインターネットの質問サイト「ヤフー知恵袋」に投稿された事件で、京都府警は3月3日、京大の問題を投稿したとして、偽計業務妨害の疑いで仙台市の男子予備校生(19)を逮捕した。」(iza)

 

刑法の233条をご覧ください。

 

第233条(信用毀損及び業務妨害

「虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処す」

 

偽計業務妨害罪とは、偽計を用いて人の業務を妨害する罪のことです。

業務妨害というためには具体的に営業が阻害され、収益が減少したなどの実害を生ずる必要がありません。

ここでいう偽計とは、他人に錯誤を生じさせたり、その不知を利用する不正な策略のことです。

判例(大判大正5年6月26日)は、業務の意義を社会生活上の地位に基づいて継続して行う事務・事業と解し、本罪はこれを妨害するおそれのある行為によって成立し現実に妨害の結果を生ぜしめることは必要でないとしています。

つまり偽計業妨をいわゆる危険犯と理解する厳しい判断です。

(危険犯とは、 実際の法益侵害を必要としない犯罪のことです)

一方で学説上は、法の文言に忠実に侵害犯と解して、業務遂行に実際に支障が生じたことを要求する見解が支配的です。

もっともいずれにしろ検討を要するのは、どんな事態が生じたら業務を妨害したといえるかです。

 

多くいわれるのが、「妨害」というために業務遂行に外形的支障を生ずることが必要であるとする考えです(中森喜彦『刑法各論』〔第2版〕)。

そしてその説によれば、業務遂行自体に外形的支障はなく、単に個別的な業務における判断の誤りを生ぜしめ業務内容を実質的に不適切にするにすぎない場合は本罪の成立が否定されることになります。

そして実務上も、替え玉受験やカンニングがあった場合そのように運用されているともいわれています。

そもそも偽計業務妨害というともすれば成立しやすい罪の成立範囲は限定していく必要が法哲学上内在しています。

現実の裁判で偽計業務妨害罪の成立が肯定してしまった事案の大部分も、外形支障を生じたか、そのおそれがあったものです。

 

ただし外形的支障が生じているのか、単に内容的適正を阻害するにすぎないのかが微妙な場合もあり、近時の裁判例にも妨害対象として仮定的業務を明示するものもあります。

たとえば虚偽通報をして海上保安庁職員を出動させた事例では、無駄な業務をさせたことに加え「通報さえ存しなければ遂行されたはずの本来の行政事務」等の遂行を困難にした点を業務妨害の内容としています(横浜地裁 平成14年9月5日)。

また盗撮目的でATMを占拠した事例では、最高裁決定(平成19年7月2日)も、ATMを「客の利用に供して入出金や振込等をさせる業務」を妨げる可能性を本罪成立の根拠としています。

商品への針の混入行為について「安全点検業務」を強いたことが妨害であるとする裁判例(東京地裁 平成14年7月8日)にも、その背後に仮定的な通常業務の妨害という思想を見いだすことが可能です。

こうした見地からいうならば、替え玉受験やカンニングについてもそれがなければ合格した別の受験生を入学させるという業務の阻害をもって、「妨害した」ともいえそうです。

 

ただしお考えください。

「できたであろう」個別的業務を仮定し、これに対する妨害を論ずることには2つの問題があるのです。

第1にそもそもなされなかった業務が侵害の対象となりうるかです。

判例のように偽計業務妨害罪を危険犯と解する場合には、「なければできた」「可能性のある」業務を妨害するという二重の仮定を経て本罪の成立を認めることになります。

そのためその認定には、より一層の慎重さが求められます。

第2にそれらの点をクリアしても「できたであろう」個別的な業務が偽計業務妨害罪によって保護すべき「業務」としての資格を備えているかも検討を要します。

たとえば企業の営業活動は個別的業務の集合体にほかなりませんが、「できたであろう」その一部分に支障を生じたことをもって妨害とするならば、営業活動全般からみればその適正さをほんの少し損なうにすぎない妨害についても、偽計業務妨害罪の成立を認めることになってしまいます。

だとすれば、保護対象となる業務に社会生活上の活動としての要保護性、具体的には一定以上の規模・量などを要求し、一部分たる業務を保護対象とすることにある程度の制約を課すべきだともいえるでしょう。

実際替え玉受験やカンニングなど不正受験では、受験業務を全般的に混乱させて再試験が必要な事態を招いたような場合に偽計業務妨害罪が成立すると考えられています。

それはつまり妨害の対象として全体としての業務を念頭におき、罪の成立に一層の慎重さを司法が自認しているからに他なりません。(以上引用:刑法判例百選2各論(第6版) 別冊シ゛ュリスト190

 

不正受験をした子供はネットを絡めた手口の大胆さで社会的な処罰感情を集め、捕まればあっさりとその罪を認めました。

次は大人達が解釈次第で成立しやすくなる罪の取扱いを、自分たち自身のために全うに維持していく番かもしれません。(私見)