住民は侮れ、俺たちは同心だ

元警部補、無罪主張=鹿児島県議選「踏み字」事件-福岡地裁
「12被告全員の無罪が確定した2003年の鹿児島県議選に絡む任意聴取の際、親族の名前を書いた紙を無理やり踏ませたとして、特別公務員暴行陵虐罪に問われた元鹿児島県警警部補の浜田隆広被告(45)の初公判が22日、福岡地裁(林秀文裁判長)であった。浜田被告は「踏み字を1回させたのは事実。不快な思いをさせ、反省している」と事実関係は認めた上で、特別公務員暴行陵虐罪については「加虐行為に当たらない。違法性があるとしても公務員職権乱用罪だが、時効になっている」として、無罪を主張した。」

刑法の195条1項をご覧下さい。

195条(特別公務員暴行陵虐)

「1 裁判、検察若しくは警察の職務を行う者又はこれらの職務を補助する者が、その職務を行うに当たり、被告人、被疑者その他の者に対して暴行又は陵辱若しくは加虐の行為をしたときは、七年以下の懲役又は禁錮に処する。」 

公務員は公務を遂行するため国民に対し法律上または事実上の負担・不利益を生ぜしめる特別の権限が与えられています。

このためそれを不法に行使するときは、公務の適正な執行を害するだけではなく、国民の利益を不当に侵害します。

このことから、職権乱用の罪とは、公務の適正な執行と併せて国民の利益を保護するため本罪が設けられたものなのだと学説上の通説は解釈しています。

実は私たちが戦争にまけるまで使っていた憲法下では、公務員の職務に関連した違法行為は、驚くほど大目に見られてきました。

しかし戦後に建立された日本国憲法は、15条2項で「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」とし、さらに36条で「公務員による拷問……は,絶対にこれを禁ずる」としています。

戦争後のこれらの新規定を迎えて、刑法は職権濫用の罪をとても重く再設定しています。

本件の元警部補、浜田隆広被告が検察によって問われている”特別公務員暴行陵虐罪”とは、職務の性質上,人の自由や権利を侵害する職権を与えられている裁判官や警察官などの特別な公務員が、「他人をあなどり、はずかしめる」こと、「他人をいじめる」ことを行ったとき処される厳罰の用意のことです。

それは具体的には、暴行以外の方法で精神上または肉体上の苦痛を与える一切の虐待行為をいいます。

たとえば相当な飲食物を与えないこと、必要な睡眠をさせないこと、女子の被疑者に対し取調べに当たった巡査がわいせつまたは姦淫の行為をすることなども陵辱・加虐に当たります。

対して浜田隆広被告本人が主張する公務員職権濫用罪とは、「公務員がその職権を濫用して、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した」という行為をいいます。

それはたとえば町会議員が戸数割等差配当案の審議に当たり、不当に反対派の者に対する等級を引き上げ、町会の決議の効力によって過当の納税義務を負わせたこと(大正11年10月20日判例)をいいます。

また「裁判官が、司法研究その他職務上の参考に資するための調査・研究という正当な目的ではなく、これとかかわりのない目的であるのに,正当な目的による調査行為であるかのように仮装して身分帳簿の閲覧、その写しの交付等を求め、刑務所長らをしてこれに応じさせた」こと(昭和57年1月28日判例)もそうです。

さらには「裁判官が自己の担当する窃盗被告事件の被告人である女性と清交を結ぶ意図で、夜間電話で被害弁償のことで話し合いたいといって同女を喫茶店に呼び出し、店内において約30分間同席させること(昭和60年7月16日判例)などが、判例としてあげられています。(以上参照:刑法講義各論 大谷實)

つまり特別公務員暴行陵虐罪と公務員職権濫用罪のあいだで決定的な差があるとすれば、それは「行為に物理的に理不尽な強制があっただけでなく、私たちの心を踏みにじった行為が特別公務員によって行われた」ときに限り、「特別公務員暴行陵虐罪」と呼ばれる重罪の出動機会になるのです。(私見)

重職に就く公務員が軽々に国民を侮り、辱めた行為が記録上もはっきりと残った本件を、裁判所は戦前のようにおおらかに扱うか、あるいは厳罰を適用するのか、その判断が負う仕事とは、単にえん罪事件の予防効果だけではありません。

そこには、敗戦後という60年の時代の意味をいったんシャッフルしてしまう危険性まで内包されているのです。(私見)