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生保保険金不払い「根が深く、広がりも」・金融庁長官が批判 (日経新聞)
金融庁の五味広文長官は9日の記者会見で、生命保険会社による保険金の不払い問題について、「事柄の根は深く、広がりも大きいので、全容を解明するのに時間がかかる」との認識を示した。生保各社は13日に金融庁による不払い調査命令の報告期限を迎えるが、「仮に期限までに調査を完了できない企業が出た場合、理由や調査完了時期を確認し、状況に応じて適切に対応する」と説明した。 生保の不払い問題は明治安田生命保険で2005年2月に表面化したのがきっかけ。2年超かけても全容を解明できない原因について、五味長官は「経営陣の認識が甘かったことで初動の遅れを決定的にした」と批判。「経営陣がそもそも知らなかったことから始まっている」とも指摘し、事態の深刻さを強調した。」

民法の96条1項をごらんください。

第96条

「1 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。」 

あなたが、間違って多いお釣をレジでもらって、それを告知しないで交付を受けとったとしましょう。

この場合、実は法律上、釣銭が余分ですよといわなければならない信義則上の告知義務があります。

そしてこの告知義務を怠ってもし釣銭を受け取ってしまえば、それは相手方の錯誤を利用して財物を領得した詐欺になってしまうのです。

さてそれでは、保険契約加盟者が病名を隠して契約する場合も詐欺と呼ばれるべきでしょうか。

そもそも生命保険における告知義務とは、病名など保険料の決定について重大な影響を及ぼす事項について、保険契約者が保険会社に報告し、嘘をつかない義務のことです。

たしかに一般的には、保険者がそのことを知ったならば契約を締結しないか、あるいは少なくとも同一の条件では契約を締結しないであろうと客観的に考えられる事情を告げなければ、加入者側には告知義務違反があるといえそうです。

そして告知義務違反がある場合には、保険会社は解除権を取得し、もし支払った保険金があるのなら理論上、その返還を請求できます。

ところで民法96条1項は、もし詐欺にあった場合その人は意思表示を取り消せると決めていますが、生命保険約款という保険会社を保護する取り決め上は、さらにこれを強力にしています。

つまり”もし詐欺で保険契約が締結された場合契約は無効で、しかもそれまで毎月払い込まれた保険料は返さない”としているのです。

ここで本来、保険会社が告知義務違反による解除権を行使できるのは商法644条によれば契約成立から5年以内に制限されていることを思い出しておく必要があります。

その条文は、解除権という法律上の強権をいつまでも存続させておくことでお互いの法律関係を長期間不安定にする社会的不利益を回避したものです。(私見)

しかし告知義務違反による保険契約締結を、もし保険会社が「われわれはまた詐欺にかかった!」と呼ぶなら、保険会社は商法上の解除権に関する縛りを無視して、いつまでも保険金の支払いを回避、保険料の不返還が可能になります。

これは保険会社にとって、”収益のスーパーチャージャー”のような発想です。

そもそも保険契約を獲得しようとする保険外交員のおばさんは、加入しようとしている人の軒先で「そんなもの、あえて告知なんてしなくてもいいよ」というありがたいトークで契約を獲得することも多いといいます。

加えてもし営業員に病名を告知していたとしても、保険会社は「営業員には告知を受領する権限がない」と常に言い、もし契約2年以内なら告知義務違反、あるいは2年以上たっていたら詐欺無効で保険金支払いを回避しようとするのです。

実際、金融庁が2005年2月25日に発表した、「明治安田生命保険相互会社に対する行政処分について」は、「生命保険募集人が、重要事項の説明を行っていない、不告知を教唆するなど、保険業法第300条第1項第1号及び同項第3号に違反する保険募集を行っていたものと認められた。さらに、同社は、生命保険募集人が法令違反の募集行為を行っていたことを把握しながら、保険業法第127条第1項第8号に基づく不祥事件届出を、不祥事件の発生を知った日から30日以内に行っておらず、同条に違反していたものと認められた。」と指摘しています(参照:生損保「踏み倒し被害回避」マニュアル 佐藤立志 講談社

通説上、民法でいう詐欺が成立するには相手を騙して錯誤に陥れようとした第一の故意、そしてその結果相手に意思表示をさせようとした第二の故意が必要です。

保険会社と契約者、いったいそのどちらについて構成要件該当性を検討すべきなのか、話のスジを理解する鍵はそこにあります。

 

 

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