罪体は上空1万メートルで変態する

飛行中の操縦席に客室乗務員、日航が機長らを厳重注意(読売新聞)

日航によると、この機長は離陸から約6時間後のロシア・シベリア上空を巡航中、操縦室に飲み物を運んできた客室乗務員に操縦席に座るよう勧め、自分が持っていたデジタルカメラで写真を撮影していた。客室乗務員はこの際、自ら操縦かんに手を添えるポーズをとっていたという。」

航空危険行為処罰法の6条をご覧下さい。

航空の危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律

第6条

「1 過失により、航空の危険を生じさせ、又は航行中の航空機を墜落させ、転覆させ、若しくは覆没させ、若しくは破壊した者は、十万円以下の罰金に処する。

2 その業務に従事する者が前項の罪を犯した時は、三年以下の禁錮又は二十万円以下の罰金に処する。」 

刑法の条文に該当することになるかどうかを判断するのが、各条文から導かれる構成要件というツールです。

そしてその構成要件は明確でなければ、国家の機嫌次第で犯罪者が乱発されることになります。

しかし航空危険行為処罰法が定める6条では、何をすれば”航空に危険を与えた”ことになるのかははっきりと明記がなされていません。

結局裁判沙汰になれば、その構成要件該当性の解釈は裁判官の解釈に任されることになります。

これは一面で構成要件の明確性を要求する近代刑法の大原則を曲げているともいえます。

さらに近代刑法は、結果責任主義という思考フレームを採用しており、結果がでなかった行為については本来、民事上や行政上の責任を問うことはあっても、刑事上の責任は問おうとしません。

しかし6条は結果がでなかった場合をもその対象範囲としており、刑事罰がかかる条文としては珍しく行為責任主義を採用しています。

しかも一項で一般人がこれを犯せば10万円以下の罰金とされているのに対し、二項で航空関係者がこれを犯せば3年以下の禁固又は20万円以下の罰金と罪が重く設定されています。

「航空危険行為処罰法」という法律は、ハイジャックが多発した1970年代に生まれており、行為に事故を呼ぶ必然性がなくとも刑罰を与えることができる”航空の危険”という、特別に広範な構成要件を用意する必要があったのだと考えられます。

ここで私は飛行中の機長席に客室乗務員を座らせたことが6条の構成要件に該当するなどというつもりはありません。

ただ時速800キロで飛ぶ高度1万メートルの上空は、刑法の基本原則を易々と湾曲させてしまうほど特別な空間であることを、再度ご確認いただければと願うのです。

 

 

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