我が子が着るは知らぬ者のセーター

紅白バージョンの「おふくろさん」、JASRAC認めず(朝日新聞)
「森さんの所属事務所などによると、付け加えているのは「いつも心配かけてばかり いけない息子の僕でした 今ではできないことだけど 叱(しか)ってほしいよ もう一度」の歌詞。「おふくろさん」は71年の曲で、森さんは77年から作詞家の故保富康午(ほとみ・こうご)さん作のこの部分を冒頭に付けて披露してきたという。 川内さんは昨年末のNHK紅白歌合戦でこのバージョンを聴き、「意に反する改変」だとして、JASRAC上層部に2月20日付の書面で訴えたという。 JASRACは見解で、森さんが歌詞を付け加えて歌う「改変」は川内さんの有する同一性保持権(著作権法第20条第1項)を侵害している疑いがあると指摘。「改変されたバージョンを利用すると法的責任が生じる恐れがあり、利用が判明した場合には利用許諾できない」などとしている。 」

著作権法の20条1項をごらんください。

第20条(同一性保持権)

「著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。」 

同一性保持権とは、著作物が著作者の意図しない形に改変されることにより、著作者が精神的苦痛を受けることから救済しようとする著作権法の作用です。

それは著作者のおカネと心のうち、心の部分を保護しようとするもので、つまり著作者人格権の一種になります。

心の問題は一身に専属し、譲渡することができませんので、森進一さんにはもともと改変することが著作権法上許されておらず、これを無断で行った場合は同一性保持権の侵害となります。

侵害に至る程度かどうかの判断は、”もしあなたがおふくろさんの作詞家であったとき、付け加えられた歌詞は自分のものと世間が認知することを容認できる程度か”が分水嶺になります。

なぜならそれが著作権者の心を侵害する行為である以上、同一性保持権侵害とは「一般公衆が付け加えられた歌詞も原曲の作詞家、川内康範さんの感性であると認識してしまうこと」を本質とするからです。

つまりいくら森進一さん側が無断改変という行為だけを、とらやの羊羹をもって謝罪にいこうとも、同一性保持権の真の侵害源は除去されることがありません。

侵害の本質を除去するためには、裁判所など公的機関が「付け加えられた歌詞は川内康範さんの意に反するものである」ことを認定し、森進一さん側が費用をもってこの決定内容を広告し、一般公衆に知らしめるという措置が必要になると考えられます。

なぜならワイドショーの報道のみでは、事の真偽が明らかにならず、潜在的に著作者側への”世間の誤解”という侵害状態が続くといえるからです。

著作物はよく自分の子供に例えられます。

自分の子供がある日突然知らないセーターを着て帰ってくれば、親の心が胸騒ぐのもまた当然といえるのです。

 

 

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