弱者:パズルの解法

ウォルマート、性差別で米史上最大の集団訴訟へ (産経新聞)
「1998年以降、同社に勤務したことのある女性従業員約150万人が訴訟に参加できることになり、性差別裁判で米史上最大の集団訴訟となる見通しだ。原告は、昇進の機会が奪われたうえ、性的嫌がらせも受けたと訴えている。ウォルマート側は「3400の店舗は個別に運営されているうえ、女性差別の規定もない」と主張している。」

民事訴訟法の第207条をご覧ください。

207条(当事者本人の尋問)

「裁判所は,申立てにより又は職権で,当事者本人を尋問することができる。この場合においては,その当事者に宣誓をさせることができる。」 

集団訴訟とは、一定の共通の利害関係をもつ人達が、その利益のためにいっしょに提起された訴訟のことです。

集団訴訟は個人では太刀打ちできないような、巨大企業や国家行政が相手の訴訟で威力を発揮します。

しかし問題がないでもありません。

不法行為法は元来、公平、妥当かつ合理的な損害の賠償をその趣旨としているからです。

すなわち、一人ひとり受けた被害の程度、心理的状況などは異なるわけで、裁判所がそれを細かに調べるためにはそれぞれを尋問しなければならないのが原則となります。

もともとわたしたちの民事訴訟法は、裁判所が当事者本人に尋問できることを規定しています。

しかし原告がたとえば150万人もいれば、全員の当事者尋問など現実的ではありません。

そのかわりに考えられる手段が、原告全員の一律賠償請求です。

かつて昭和56年12月16日、最高裁大阪国際空港の騒音訴訟において、302名の集団訴訟に対し、原告全員の一律賠償請求を認めました。

もっともそれは不法行為法の原理を変形する処置ですので、一定程度の線引きはなされています。

つまり大阪国際空港事件の場合、「各被害者は全員が被っている最低限の共通被害だけの賠償を求めたにすぎないので」という限定付きで、一律賠償請求を成立させているのです。

加えて大阪国際空港事件では、被害の個別的具体的な立証も不要とされ、裁判所も各人別に異なった被害の認定をしなくてもよいと判断しました。

これは302人全員へ個別的具体的立証を要求することで、一律包括請求方式による効果的な集団的利益の保護が台無しになってしまうことを避けたものです。

(以上参照:判例百選 民事訴訟法 有斐閣

アメリカで史上最大の集団訴訟にも、150万人という尋常でない数の原告数から考えて、同じような法理が段階的に用いられるのではないかと思われます。

質素を好んだ伝説的な創業者の死後、この世界最大の小売業者の周りからはいろいろな毀誉褒貶が絶えず聞こえてきます。

極限までコストを抑えること、それは利益追求という企業に与えられた第一の命題に直結するパズルであり、その解法は時に国内の労働組合や、国外の工場労働者へのプレッシャーだったりする局面もあるのかもしれません。

そしてそれが芸術的にまでギリギリのラインの解法であれば、同業者や経済学者からは羨望を集めるでしょう。

しかしもし、そこに非情なまでにアンフェアな構造が見つかるならば、それは巨船の船底に水を噴かせる穴となる可能性をもまた含んでいます。

 

 

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