あなたが自ら望んだのだと、巨人は契約書を指さした

【コンビニ店長たちの反乱】(上)1円廃棄 (IZA)
「昨年11月、福島県いわき市の「ファミリーマートいわき久之浜町店」の店長(当時)、斎藤泰慎(やすのり)さん(36)は、緊張した面持ちで店内事務所のパソコンに向かった。画面には仕入れた商品の売価が並ぶ。斎藤さんは十数分後に「販売期限」が迫り、廃棄処分寸前となった弁当やおにぎりなど約20品目を選んでキーボードを操作した。売価を「1円」や「5円」に書き換えていったのだ。斎藤さんはすぐにそれらの商品をかき集め、すべて売価で購入した。そして、その日を境に斎藤さんは来る日も来る日も、この操作を繰り返したという。俗に「1円廃棄」と呼ばれるこの手法。数年前、コンビニ会計への痛烈な反対の意思表示として、別の大手チェーンで複数のオーナーが始めた方法だ。極端な値引きにみえる。だが、公正取引委員会は「お客さんに売っているわけではない。周辺地域の店との公正な競争を阻害しないので、独占禁止法上の不当廉売にはあたらない」との見解を示している。」

民法の第90条をご覧下さい。

第90条〔公序良俗違反〕

「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は無効とす」 

商売人とは粗利を出すことを仕事にしている人たちを指します。

ふつう粗利とは、総売上げ額から仕入れ値や破棄した食品など必要経費を差し引いて算出するものです。

これを仮に粗利の一般解釈と呼んでおきます。

対してコンビニの本部と加盟店の間では、この粗利の解釈方法が異なり、売上げ総額から仕入れ値を差し引く際、破棄した食品等を経費として差し引くことを許しません。

これを仮に粗利に関するコンビニ解釈とよびましょう。

つまりコンビニ解釈においては、破棄分は最初から仕入れなかったものとして計算することになります。

その粗利にパーセンテージをかけてロイヤリティを徴収するコンビニ本部にとって、総売上額を破棄食品分が圧縮しなくなるためこれが多くなるほど損をしないことになります。

逆に言えば、破棄食品等はコンビニ・フランチャイズに退職金をつぎ込んで参加した加盟店オーナーがかぶる仕組みと言い換えることも可能です。

そこで現在一部加盟店のオーナー達が破棄食品分などを「一円で売り上げた」こととして(自ら買い上げ)、廃棄予定だった食品の分の仕入れ原価もちゃんと総売上額から差し引くことで、粗利を不当に拡大解釈させないようにする手法が一円破棄と呼ばれる手法です。

コンビニのフランチャイズ契約に関して訴訟が頻発している現象の根底には、「人は不利な契約をいったん自己意思の下で締結してしまうと、はたしてどのような契約でも永劫拘束されるべきなのか」という課題が横たわっています。

法律の形式解釈上その答えはイエスであり、そのことを契約自由の原則と呼びます。

それは契約するも自由、しないも自由、よっていったん契約したからには、自らの意思によって拘束されなければならないという法哲学で、これにより社会の自治を国家にいちいち管理させない世界を維持しています。

契約自由の原則は条文上直接の規定はありませんが、「公序良俗に違反しない限り、成立した契約は無効にならない」と裏読みすることができる、民法の第90条等が根拠規定となりえるといわれています。

ただしその世界観は、より巧妙な契約書を用意した巨大企業と契約を締結した非力な一個人から、契約の不合理を訴える道を奪うことも意味しています。

実際法の形式解釈による矛盾で苦しむ人たちを救済するために、国家は雇用者という強者と労働者という弱者の間に各種労働法を、賃貸人という強者と賃借人という弱者のあいだに借地借家法などを介在させ、各場面でいびつな未来を回避しようとしています。

問題の核心は、膨大なページ数の契約書を用いる契約という行為が、現代社会では必ずしも完全な自由意思と完全な理解に基づいてなされているとはいえないというところにあります。

加えてコンビニエンスストアなどのフランチャイズ契約では、契約書を加盟店が所持できず社外秘として本部だけが所持するのだといいます。

もし90条、契約自由の原則が当初思い浮かべたような幸福をつくりえない場面があるのなら、原則を修正しようとする態度が必要なはずです。

そしてこのような態度こそ、「法文の文言にとらわれず立法趣旨から考える」という法の全文が期待するところだといえます。

「契約の絶対」は少なくない場面で、幸福を強者に偏在させるためのハイウェイとして機能しています。

やがて数々の訴訟の果てに、強者フランチャイザーと弱者フランチャイジーの間へ国家が特別法を用意し、ロスチャージ問題を解決する日がくるやもしれません。

その日まで民法90条は、「第四章 法律行為」の突端で、法文を読む全ての人に解釈の振幅をはためかせています。