トリガーは毎月の請求書、アンカーは解雇の恐怖

「偽装請負」労働が製造業で横行 実質派遣、簡単にクビ(朝日新聞)

偽装請負の現場では、重大な労災事故も起きている。日立製作所茨城県日立市の工場では04年9月、請負会社の作業員2人が発電機の検査中に感電し、死傷する事故が発生した。日立は安全対策を怠ったとして労働安全衛生法違反容疑で書類送検されたほか、偽装請負についても茨城労働局から改善するよう口頭で指導を受けた。 監督官庁がないため、請負会社で働く人の数はつかみにくい。厚生労働省の推計だと製造業だけでも04年8月時点で87万人に上るというが、働く人たちの多くが自分たちを派遣労働者と思い込んでいる。」

職業安定法の第44条をご覧ください。

第44条(労働者供給事業の禁止)

「何人も、次条に規定する場合を除くほか、労働者供給事業を行い、又はその労働者供給事業を行う者から供給される労働者を自らの指揮命令の下に労働させてはならない。」 

18世紀後半、イギリスでは新しい機械がつぎつぎと発明され、機械による生産が大きく伸びていきました。

一方農村では地主が広大な土地を柵で囲い人件費を削減、追い出された農民たちは工業がさかんだったマンチェスターなどへ出て食い扶持を求め、その名を”労働者”と変えることになりました。

しかし産業革命は機械の凄まじい発達スピードから人間を振り落とすように、男はもちろん、女性や子供までをも過酷な労働環境下で歯を食いしばることを要求しました。

そこで1833年、英国政府は労働者を保護する工場法を制定しましたが、現実にはその法が労働者の暮らしを楽にすることはなく、炭鉱で爆死する労働者や紡績機の下を這い回る子供たちがいなくなることはありませんでした。

そしてその法の無力が、やがて議会に本当の国民の声を届けるための普通選挙を要求するチャーチスト運動を生む契機になったのです。

このことから、わたしやあなたの国でもおよそ労働者にまつわる法律は、その起源から弱かった”労働者”を保護することを立法趣旨としています。

たとえば労働者を直接雇用する使用者に対しては、民法労働基準法などが労働者のためのさまざまな法的義務を強いていますが、それは利益を得る人に責任も負わせようという、報償責任という考え方によるものです。

しかしもしある日、使用者の事務所を腰の低い営業マンが訪ね、「社会保険など一切のややこしい保障はわが派遣元が責任を負います。労働基準法などで割高につく現在の労働者よりも、もっと割安な弊社の派遣労働者を使いませんか?」と囁かれれば、社長の目がキラっと輝くこと間違いなしです。

これが基本的な「派遣」という労働形態の起因です。

しかし派遣という労働契約形態は、それが発想された瞬間から、派遣元による激しい中間搾取や、労働契約が直接派遣先とないゆえに我慢ならない労働環境を労働者が飲み込まなければならないなど、歴史的に認容できない問題点を抱えていました。

そこで昭和60年に制定された「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律」は、労働者派遣事業として認めうる業種の範囲を段階的に許容しながら、派遣労働者が不当に搾取されないよう目を光らせています。

さて、今回のお話は物の製造現場についてです。

実は物の製造現場では、これまで原則的に労働者に対しては請負契約形態が採用され、派遣契約形態は禁止されてきました。

何故なら危険な現場における派遣労働者の安全は、現場に実際にはいない派遣元によって確保できるとはとても考えられなかったからです。

しかし平成15年の改正で、物の製造現場においても派遣元・派遣先両者に技術面のプロを置くという条件付で派遣契約が段階的に解禁されています。

一方で請負とは、もともと単に仕事の完成を約束する契約を意味していますので、労働者は請け負った会社からの指揮命令にしか従う義務がありません。

請負契約で労働者を仕入れれば厄介な条件等を要求する労働派遣法に縛られることはありませんが、いったん受け入れ先企業に視点を移せば、直接指揮命令ができないという難しい問題があります。

そこで濫用されているのが偽装請負という契約形態です。

つまり偽装請負とは、形式上は直接指揮命令ができない請負人という契約を結びながら、現実的な労働形態は従業員への責任や保障をすっ飛ばしつつ、指揮命令は飛ばすという派遣契約以外のなにものでもない、労働派遣法をあざむく労働契約形態をいいます。

職業安定法が偽装請負を44条で禁止しているのも、労働者から保障や福利厚生、安全管理という衣が、契約に契約を重ねることで剥がされていくことを避けるためです。(私見)

しかし1800年代、坑道で吹き飛んだ昔から、あらゆる労働法が目指す”労働者の地位を使用者と対等にする”という理想までの距離は、まだひどく遠いようです。




人気blogランキングへ *お暇なときに、ご協力お願いします。
法理メール?  * 発行人によるメールマガジンです。