上野石之助さん、いつまでもお元気で

元日本兵の上野さん、ウクライナに出発(朝日新聞)
ウクライナから63年ぶりに一時帰国していた岩手県洋野町出身の旧日本兵、上野石之助さん(83)が28日昼、10日間の日本滞在を終えて成田空港からウクライナへ向けて出発した。付き添いの長男アナトリーさん(37)とともに搭乗手続きを終えた上野さんは、「新しい家ができて、道路もきれいになって、故郷の外見は自分の思い出とはすっかり変わっていた。美しい、すてきな国になった日本を見ることができた」と短い滞在を振り返った。空港には弟の左舘丑太郎さん(81)と妹のタケさん(69)も見送りに訪れた。「弟妹にあえるなんて思ってもいなかった。また帰りたい気持ちはあるが、年だからたぶん無理だろう」。20日に岩手入りして再会を果たしたばかりの弟妹たちと、目に涙をにじませて別れを惜しんだ。 上野さんは樺太で終戦を迎えた後、現地で暮らしていたが、58年に消息が途絶え、00年に戦時死亡宣告が確定した。東京家裁は滞在中に上野さんと面接して宣告の取り消しを決定し、削除された戸籍は近く回復される。」

未帰還者に関する特別措置法の第2条をご覧下さい。

第2条(民法第三十条 の宣告の請求等の特例)

未帰還者留守家族等援護法第2条第1項に規定する未帰還者に係る民法第30条の宣告の請求は、厚生労働大臣も行うことができる。

2 前項の請求をする場合には、厚生労働大臣は、当該未帰還者の留守家族の意向を尊重して行わなければならない。

3 第一項の規定による厚生労働大臣の請求に基く民法第三十条 の宣告の取消の請求は、厚生労働大臣も行うことができる。」 

未帰還者とは、未帰還者留守家族等援護法第2条においていう、もとの陸海軍に属していた人であって、まだ復員していない人か、未復員者以外の人であって、昭和20年8月9日以後旧ソビエト等で生存していた資料があり、且つ、まだ帰還していない人等をいいます。

太平洋戦争が終結しても帰還できなかった人のおよそ四分の三は当時から生死が明らかでなかったといいます。

未帰還者の問題は、その留守家族に対する揺護措置とともに多くの論議をおこし、昭和34年最初の「未帰還者に関する特別措置法」が施行されることになりました。

この法律のもっとも重要な点は戦時死亡宣告の請求を変則させたところにあります。

すなわち、従来未帰還者の戸籍処理の方法としては、戸籍法の第89条に基づいて取り調べをした官庁が死亡報告をすることによるか、あるいは民法の第30条に基づいて未帰還者の利害関係人が失踪宣告の請求をすることによるかの二つしかありませんでした。

しかし最終消息が判明しない未帰還者については前者の方法では処理できず、かといって後者の方法では、留守家族が自分の手で請求しなければならず、愛する夫や父を待つ家族が自らそのような請求をするという事例としては極めてわずかでした。

このため、この法律においては生死が明らかでない人のうち、諸般の事情で現在生存していないと推測される人とについては、留守家族に代わり厚生労働大臣から失踪宣告の請求ができることとしたのです。

(参照:厚生労働省ホームページ 白書データベース

デ・シーカの名画「ひまわり」では、若い夫婦が第二次世界大戦に運命を狂わされます。

戦争が終わっても帰国しない夫をロシアまで探しに行った妻が、命を助けてくれた女性と別の家庭をもっていた元夫を発見、打ちひしがれてイタリアに帰国します。

元妻が自分を求めている事を知り、新しい妻をロシアに残したままなけなしのお金をはたいて買った土産の帽子もって帰国した元夫もまた、その後元妻が新しい夫との間に子供をもうけていたことを知ります。

今も変わらず愛し合っている二人が駅で別れるラストシーンの本当の残酷さは、大人なら誰でも理解できます。

一旦国家に戦争をはじめさせてしまったら、私たちは絶対に悲劇から逃れることができません。

旧日本兵だった上野石之助さんも83才までまってやっと祖国の地を再び踏むことが出来ました。

しかし未帰還者特措法第2条による戦時死亡宣告は取消されましたが、ウクライナで待つ家族のために、そのまま日本にとどまることはできませんでした。

わたしたちにはっきりわかっていることは、わたしたち自身の時計は絶対に巻き戻せないこと、そしてその時計は最後にかならず止まってしまうということだけです。

あなたやわたしが開戦を決定する人物や閣議からどのくらい関わりのない位置で生活しているのかではなく、わたしやあなたの時間は決して巻き戻せないのだということにだけ焦点を合わせて事態をコントロールしようとすること。

デ・シーカの名画で揺れたたくさんのひまわりと、美しくなった祖国を離れざるを得ない上野石之助さんの笑顔が、そのことの大切さを深く教えてくれています。

 

 

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