わらしべ長者の資質は熱意と誠実

ネット版わらしべ長者への道--ペーパークリップは家一軒に化けるか(CNET Japan)
「MacDonald氏のこれまでの経過は以下のようになっている。
- ペーパークリップを魚の形をしたペンと交換
- 魚の形のペンを面白い顔の付いた陶製のドアノブと交換
- 陶製のドアノブをキャンプ用のコンロと交換
- コンロを発電機と交換
- 発電機をビヤ樽付き「パーティーセット」と交換
- 「パーティーセット」をスノーモービルと交換
- スノーモービルをカナダのブリティッシュコロンビアへのパッケージ旅行と交換
- 旅行を小型トラックと交換
- 小型トラックをレコーディング契約と交換
- レコーディング契約をフェニックスにある賃貸住宅と交換 」

民法の545条1項但書をご覧下さい。

第545条〔解除権行使の効果〕

「当事者の一方が其解除権を行使したるときは各当事者は其相手方を原状に復せしむる義務を負う 但第三者の権利を害することを得ず」 

わたしたちの国の民法における交換契約とは、お金以外の財産権をお互いに移転させることを約束することで成立する契約のことをいいます。

民法では586条で、「交換は,当事者が互いに金銭の所有権以外の財産権を移転することを約することによって,その効力を生ずる」と定めています。

ただし交換というのどかな景色にも、民法559条によれば売買の規定が準用されることになっており、交換する当事者たちは売主と同様の義務を負うことになります。

とくに交換といえども、担保責任を負うことに注意が必要です。

もともと売買契約における担保責任規定とは、その有償性から相手方の信頼を保護し、かつ、取引の迅速な処理をはかろうとした趣旨のものです。

金銭を介在させない物々交換は外見上牧歌的に見えますが、財産を一旦貨幣に化体させず直接譲渡するだけでその重要度はなんら売買と変わりがなく、559条が交換契約にも売買契約のシビアなルールを準用しているのはそういう意味だと考えられます。

仮にペーパークリップを魚の形のペンと交換し、魚の形のペンをドアノブと交換したとします。

ところがペーパークリップを受け取った人が、「このペーパークリップは、彼が説明したような特別に使いやすく設計された外国の珍しいものなどではなく、むしろ安物でまったく使い物にならないペーパークリップだ」と気がついたとしましょう。

(ちなみに契約そのものの成立に契約書のような紙は本質的に必要ありません。)

交換契約も有償契約であるので売買の規定が準用されますので、ペーパークリップを渡した人は受け取った人から売主の担保責任における解除権を行使される可能性があります。

つまり「あのようなヒドいものを渡された以上、交換はナシだ」とされるのです。

ところが手渡した魚の形のペンはすでにドアノブと交換されてしまっています。

そうするともともとの魚のペンを持っていた人はドアノブを差し出して魚のペンと交換した人に対して「問題があったので、魚のペンを返して欲しい」といえるのかが問題になります。

ここで日本の民法を開いてみれば、その545条1項但書には、「解除権の行使は第三者の権利を害することができない」と書いてあります。

つまりすでに魚のペンを入手した第三者が、そのペンに関して利害関係を再び他者と結んでしまっているような場合、元の持ち主から「問題があったからペンを返して欲しい」とはいわれないことになっているのです。

第三者保護のため、理を超越して設置されているような特別法的立場の545条1項但書に阻まれると、結局魚のペンの元の持ち主はそこであきらめざるを得なくなります。

カナダのMacDonaldさんは”熱意”だけを原資に、赤いグリップを次々と物々交換しはじめ、着々と家一軒に化ける方向に向かっています。

ただ日本で同じ行為をもくろみ手に入れた家でいつまでも安全に暮らすためには、545条1項但書の向こう側に残してきた人達が皆笑顔でいてくれるように、資質として”誠実”も要求されることは言うまでもありません。