「顔」の表す証拠性と絶対他者性

42年逃亡、マフィアの大ボスを逮捕 イタリア警察(朝日新聞)
「イタリア内務省は11日、42年以上も逃亡してきたマフィアの「ボス中のボス」とされるベルナルド・プロベンツァーノ被告(73)を警察が逮捕したことを明らかにした。同被告は「マフィアを撲滅できないイタリア」のシンボル的な存在で、マフィア担当の検事らが執念深く追跡してきた。同被告は映画「ゴッドファーザー」のモデルとして世界的に有名になった故ルチアーノ・リッジョの部下で、六つの終身刑を受けている。93年からシチリア・マフィアのトップになり、逃亡中も複数の手下らが手渡しで運ぶメモによる指示などを通じて多大な影響力を保ったといわれる。同被告を裏切ったとされる部下が報復におびえ、取り調べ中に自殺したことも。」

刑事訴訟法の200条1項をご覧下さい。

第200条〔逮捕状の方式〕

「逮捕状には、被疑者の氏名及び住居、罪名、被疑事実の要旨、引致すべき官公署その他の場所、有効期間及びその期間経過後は逮捕をすることができず令状はこれを返還しなければならない旨並びに発付の年月日その他裁判所の規則で定める事項を記載し、裁判官が、これに記名押印しなければならない。」 

日本の刑事訴訟法上、逮捕状には200条にある通り、被疑者の氏名及び住居,罪名,被疑事実の要旨,引致すべき官公署その他の場所,有効期間及びその経過後は逮捕をすることができず令状はこれを返還しなければならない旨並びに発布の年月日その他裁判所の規則で定める事項が記載されます。

このときもし被疑者の現氏名が分からないなら、身長や性別、傷や入れ墨など特定するに足りる事項を記載します。

人権の最後の砦、裁判所が納得すればこれに許可印が押されます。

しかしもし氏名がわからないとき、被疑者の写真が入手できたならば、これを逮捕状に貼るほうがもっとも人権侵害を予防する意味ではむしろ確実であり、現実に実務の運用もそのようになっているようです。

逮捕に際して逮捕状がいちいち要求される趣旨は、それなしでは戦前のごとく不当逮捕が量産され、逮捕された人も刑事訴訟法上何についてどのように防禦すればよいのか検討もつかないからであり、その重要性はわざわざ憲法33条に明定されているほどです。

イタリアで捕まったマフィアの最高実力者の顔をよくご覧下さい。

日常生活ではまずお目にかかることができないような、他者によるコントロールを一切拒絶するという強烈な意思を両目の奥に灯している顔です。

エマニュエル・レヴィナスは主著『全体性と無限』の中で、「私が殺すことを欲しうるのは、ただ絶対的に独立した存在だけである。つまり、私のさまざまな権能を無限に踏み越え、しかもそのことによって私の権能に対立するのではなく、なにかをなしうることの権能そのものを麻痺させる存在だけなのである。<他者>は、私が殺すことを欲しうるただひとつの存在なのだ。」という言葉で、決して手の届くことのない「他者」という存在の本質を表現しています。(出典:「全体性と無限」 下 レヴィナス 岩波文庫

全面否定したいならば殺人を、意のままにコントロールしたいなら暴力をという反社会的アプローチで「他者」という絶対外部にたいして接してきた彼の73年間は、彼の顔つきを常人には理解しえないほどに険しく作り上げています。

逮捕状にたとえ本名がなくとも、この顔写真さえあったなら捜査当局は大勢のなかからでも必ず彼を特定できたでしょう。

そして彼の73年かけてつくりあげた「顔」は、逆説的にまた平凡な社会に暮らすわたしやあなたに「他者」という言葉の持つ永遠の距離を再考させるに十分な資料を、まるで彼自身の人生から提供しているかのようです。