誤認逮捕を量産する県警と、恐るべき善意

日本人を旅券不携帯で逮捕…誤認逮捕相次ぐ埼玉県警(ZAKZAK)
「埼玉県警では、昨年5月に所沢署が「財布を奪われた」とのうそに基づいて男性会社員を逮捕したほか、東入間署が覚せい剤検査で陰性だった女性を判定ミスから逮捕。同年7月には、長女を殴ったとして、傷害容疑でアリバイのある会社員男性を逮捕し、それぞれ釈放するなど、誤認逮捕が相次いでいる。」

憲法の第33条をご覧下さい。

第33条〔逮捕に対する保障〕

「何人も,現行犯として逮捕される場合を除いては,権限を有する司法官憲が発し,且つ理由となっている犯罪を明示する令状によらなければ,逮捕されない。」 

逮捕とは刑事訴訟法上、捜査機関や一般人が怪しい人の体の自由を拘束して抑留することをいいます(一般人も逮捕はできます)。

憲法はその33条で、現行犯人として逮捕される以外は令状なしに逮捕されない原則を定めています。

憲法のB面、刑事訴訟法も、現行犯逮捕以外は逮捕はすべて令状を要求しています。

この警戒のことを令状主義といいます。

ただし刑事訴訟法では急速を要する場合がありますので、その時のためにまず被疑者を逮捕し、事後的に逮捕状の発付を求めるという緊急逮捕の手続も用意されています。

おまわりさんが令状のない逮捕を行い、そのことに特段の理由が示せなければ、その逮捕は憲法33条に違反する違法な公権力の行使と呼ばれます。

たとえば職務質問について「いや、あれは合法なものだったのだ」と警官達が言い張っても、証拠によってその態様がたとえば何人もの警官によって女性一人を深夜取り囲み、現実にはその場所から逃れる術が奪われていたのだとすれば、それは現実的には被害者の意思を制圧するものにほかならず、その職質は実質的に答弁の強要という、憲法の禁止事項に抵触しているといえます。

また警察署への同行についても「あれは任意でついてきてもらったにすぎない」とおまわりさんが主張してみても、その同行の態様が実質的にみて被害者の意に反した警察署への連行だとすれば、警職法2条3項に違反する違法な公権力の行使に当たると判断され得ますし、実際に誤認逮捕の事例でそうした判断を下して国家賠償法 1条1項に基づき数百万円の賠償を国家に命じた判例もあります。

明治憲法下では明らかに法律が国民よりも先に存在し、その裏返しで旧刑事訴訟法下による公権力の行使はたくさんの悲劇を刻みましたが、現憲法は曲がりなりにも人を法の先に置く形に設計してあります(私見)。

むき出しの公権力行使の凄まじさを国民が顔面蒼白になって知る前に、現行の刑事訴訟法は、法律が国民の先に存在して彼をわけもなくひったてようとする行為を威嚇しているのです。

日々危険な任務につく警察官のみなさんから職務質問の大きな解釈余地が法律的に取り上げられてしまえば、現実の犯罪抑止力は大きく影響を受けるでしょう。

しかし何らかの目的で解釈の自由度の意味付けが変形し、その結果現刑事訴訟法がくれぐれも禁忌する誤認逮捕が濫造されている可能性があるとすれば、そこにある職務質問の世界観を一旦第三者が確認してみる必要があります。

法が市民より先んじているという特殊な世界観が形成されてしまえば、内部では時に燃え上がらんばかりの善意をもってその世界を維持しようとしますし、そうした高温の釜の中で、これまでにも悲劇は大量に焼成されてきたのです。

 

 

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