刑事訴追を有名にした小嶋さんと黙秘権の歴史

小嶋社長「刑事訴追の恐れ」証言拒絶32回(日刊スポーツ)

耐震強度偽装問題をめぐって衆院国土交通委員会は17日、構造計算書が偽造された20件以上のマンションの建築、販売に関与したヒューザー小嶋進社長(52)を証人喚問した。小嶋社長は姉歯秀次元1級建築士(48)の偽装を知って以降のマンション販売契約について「違法性の認識はない」と述べた。しかし、具体的な事実に関する質問などには「刑事訴追の恐れがある」などと32回にわたって証言拒否を繰り返した。」

議院証言法の4条1項をご覧下さい。

議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律

第四条
「証人は、自己又は次に掲げる者が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのあるときは、宣誓、証言又は書類の提出を拒むことができる。
 一 自己の配偶者、三親等内の血族若しくは二親等内の姻族又は自己とこれらの親族関係があった者
 二 自己の後見人、後見監督人又は保佐人
 三 自己を後見人、後見監督人又は保佐人とする者」 

刑事訴追とは、「誰かが刑事罰を課すべき行為を行っています」と、いうことを、検察官が裁判所に訴え出る行為をいいます。

そして検察官による裁判所への審判請求を公訴といいます。

隣のおじさんが隣のおばさんを訴える私人訴訟ではなく、検察官という国家機関によってなされる訴えだからです。

日本では刑事訴追を検察官だけに許していますが、このことを国家訴追主義といいます。

すなわち日本の刑事訴訟法は、国家のみに刑事訴追権を与えているのです。

もちろん、あなたや私も捜査機関に対して告訴をすることができますが、実際に刑事訴追するかどうかは検察官次第です。

その理由はもうお分かりでしょう。

もし刑事事件の訴追を誰彼かまわず許すなら、感情にまかせた刑事訴追が世の中に氾濫するおそれがあるからです。

それではなにゆえに、国会の証人として呼ばれ、宣誓までした小嶋さんは、刑事訴追のおそれがあるときは証言を拒絶することが国会証言法4条においてゆるされているのでしょうか。

それはあらゆる法律に優位する法律、すなわち憲法の38条1項が、「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」と規定していることが原点にあります。

このことを黙秘権と呼びますが、わざわざ憲法で刑事手続の一端に針を刺しているのは、国家が全体主義に走る時、必ず時代の気分にそぐわない動きに対しては国家による自白の強要で犯罪の立件の量産が行われてきたという世界の歴史を踏まえたものです。

憲法38条が、私達が権力を委託した機関である国家の暴走を牽制したものであることは、38条がほかに強制、拷問、脅迫による自白、不当長期抑留、拘禁後の自白を証拠から排除していることからもあきらかです。

それはすなわちほかでもない私やあなたのなかに、「自分に憎らしく見えるものは徹底的に懲らしめたい」という価値判断が標準装備されていることを裏書しています。

そのような思いが国家に集積していって全体的な気分を作ったとき、逆に私やあなたが誤って国家に刑事訴追された場合、抗いきれない圧力となり、やっていないことを自白させられるのです。

そのような場面のシェルターとするため、国会証言法4条も憲法38条の精神にのっとって、刑事訴追を呼ぶような証言を回避できるように組み立てているのです。

時代の感情の集積に対抗できるのは、あらかじめ作ってある仕組みしかないということです。

その仕組みによって、本来罰せられるべき人も、とらまえづらくなることはあるはずですが、それでもなお社会感情の集積の前に仕組みを用意しておくことが重要なのであり、小嶋さんの隣で耳打ちを続けた弁護士さんも小嶋さん自身のためというよりも、その仕組みを堅持するために働いていたはずです。

自白は証拠の女王と呼ばれた時代、たくさんのお父さんが突然現れた特別高等警察によって玄関からひったてられ、やりもしなかった犯罪によって家族の元に二度と帰ってこなかった経験を私達は積んでいるのですから。