水兵はまた柵の向こうに消えた

女性米兵がひき逃げ、逮捕も「公務中」で即日釈放(読売新聞)
「水兵はそのまま逃走したが、同署員が約30分後、現場から約1キロ離れた路上でワゴン車を発見。水兵が容疑を認めたため、業務上過失傷害と道交法違反(ひき逃げ)の疑いで緊急逮捕した。米軍から22日夜、水兵が横田基地に備品を取りに行く軍の公務中だったとする「公務証明書」が出されたため、日米地位協定に基づいて釈放した。」

日米地位協定、第17条3をご覧下さい。

AGREEMENT UNDER ARTICLE VI OF THE TREATY OF MUTUAL COOPERATION AND SECURITY BETWEEN JAPAN AND THE UNITED STATES OF AMERICA, REGARDING FACILITIES AND AREAS AND THE STATUS OF UNITED STATES ARMED FORCES IN JAPAN

日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定

第17条

3 裁判権を行使する権利が競合する場合には、次の規定が適用される。
(a) 合衆国の軍当局は、次の罪については、合衆国軍隊の構成員又は軍属に対して裁判権を行使する第一次の権利を有する。
(i)もつぱら合衆国の財産若しくは安全のみに対する罪又はもつぱら合衆国軍隊の他の構成員若しくは軍属若しくは合衆国軍隊の構成員若しくは軍属の家族の身体若しくは財産のみに対する罪
(ii ) 公務執行中の作為又は不作為から生ずる罪
(b) その他の罪については、日本国の当局が、裁判権を行使する第一次の権利を有する。
(c) 第一次の権利を有する国は、裁判権を行使しないことに決定したときは、できる限りすみやかに他方の国の当局にその旨を通告しなければならない。第一次の権利を有する国の当局は、他方の国がその権利の放棄を特に重要であると認めた場合において、その他方の国の当局から要請があつたときは、その要請に好意的考慮を払わなければならない。」

日本の国土にはたくさんの米国の基地、つまり軍隊が厳然と存在しています。

その歴史はあまりに整然としてきたため、フェンスの向こう側が外国の軍隊基地であるという事実にどうかすると気がつくこともできません。

外国の軍隊が日本に駐留することを認めてきた条文が、日米安全保障条約日米地位協定です。

かつて沖縄県における在日米軍基地の存在の違憲性を争った最高裁判例で、「日米安全保障条約及び日米地位協定違憲無効であることが 一見極めて明白でない以上、裁判所としては、これが合憲であることを前提として駐留軍用地特措法憲法適合性についての審査をすべきであるし…所論も日米安全保障条約及び日米地位協定違憲を主張するものではないことを明示している。そうであれば、駐留軍用地特措法は、憲法前文、九条、一三条、二九条三項に違反するものということはできない」という論理的な大ジャンプを見せて現状を肯定しています(最高裁平成八年八月二八日大法廷判決)。

このことは司法が現実の圧倒的圧力の前に、むしろ違憲審査権を放棄せざるをえない状況に陥っているのだとも表現可能です(以上参照:参照: 憲法判例百選)。

もともと裁判所の司法権行使には一定の限界を設けざるを得ない場合があると考えられており、これを司法権の限界と呼びます。

逆説的ですが司法権の限界は、司法という人間が全能を傾けた理論の城を永続的に機能させていくための減圧装置であるともいえます(私見)。

司法が手を後ろに組まざるを得ないような巨大な仕組みの前には、別の攻略法を用いる必要があるのです。

これまで多くの被害者が泣かされてきたように、また一人の犯罪者が、日米(軍隊)地位協定の後ろ側に消えてしまいました。

もはや正義の捻れた状態を司法にむりやり説明させる段階はとうに過ぎ、捻れそのものを誰かが堂々と改善しなければならない段階に突入しているといえます。

法理メール?