アイちゃんが好きだと叫んで地下鉄は滑走した

運転士が奇声、地下鉄乗客が通報 「独り言が…」と釈明(朝日新聞)
「30日午後9時半ごろ、走行中の東京メトロ東西線で男性運転士が奇声を発し、不安に思った乗客が最寄り駅の駅員に異常を伝える騒ぎがあった。乗客によると「アイちゃんが好きだあ」などと大声で叫んでいたという。東京メトロは運転士を5駅先で交代させた。」

運転の安全の確保に関する省令の2条1項をご覧下さい。

第二条(規範)

「従事員が服ようすべき運転の安全に関する規範は、左の通りとする。
 一  綱領
   (一) 安全の確保は、輸送の生命である。
   (二) 規程の遵守は、安全の基礎である。
   (三) 執務の厳正は、安全の要件である。(以下略)」 

省令第五十五号は、鉄道営業法第一条及び軌道法第十四条の規定に基いて、運転態度の基礎的基準を定めたものです。

電車の運転士になろうと試験を受けた人は必ずこの綱領を丸暗記したはずなので、文言としては今回の運転士さんもご存じだったはずです。

ただしなにをもって”執務の厳正”の限界とするのかは、いささか個人の感性に任せられてきた部分もあるのかもしれません。

しかし鉄道に関する重大な事故が続いているこの国において、わたしたち乗客はあまりその限界に寛容ではいられなくなっています。

たとえ地下鉄の轟音にかきけされることを期待されていたとしても、乗客室に聞こえるまで大声で独り言を言ってもらってはやはり安心して乗っていることはできません。

運転士がいかにも厳正に執務を執り行っているような服装、所作、態度を身にまとうことは、その実質的な運転技術とは別に運転の安全の確保に関する省令の精神が求めるところだと考えられます。

なぜならば、たとえ技術的は現実に危機に直面した状況をつくらずとも、その危険の予感を乗客に抱かせるだけで十分に綱領の(1)、”安全”の糊代を浸食するからです。

乗客は、一旦鉄道に乗ってしまえば停止するまで出ることも降りることも許されないアルミの箱の中で命運をいやおうなく運転士に任せていることになります。

そしてわたしたちにとっても日常的にお世話になる電車の運転士さんとの関係をいちいちそこまで掘り下げなければならないようなニュースを聞くことは、決して幸福なことだとはいえません。

日常的に重責を担う運転士さんに、もし精神的ケアが必要であるならばこれを速やかに行ってもらう必要があります。

またそれが必要でない運転士さんたちにあっても、運転中の所作が”安全”全体のパースペクティブにどう影響を及ぼすのか、再確認する価値はあるはずです。

 

 

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