ニセのエルモとおとり捜査という諸刃のメス

偽者「エルモ」、観光客にチップをせびって逮捕(CNN)
「警察には以前から、有名キャラクターに扮した男たちからチップを強要されたという苦情が寄せられていた。これを受け今年9月には、人気キャラに扮する人々を集めて、無理にチップを要求しないように指導し、従わなければ法的に取り締まると通告していた。今回の逮捕にあたっては、警官2人が英語を話さず米国のチップ習慣になじみのないフランス人観光客を装い、おとり捜査で現行犯逮捕した。」

刑事訴訟法の197条1項本文をご覧下さい。

第197条〔捜査に必要な取調べ〕

「捜査については、その目的を達するため必要な取調をすることができる。(以下略)」

おとり捜査とは、路上のエルモにチップの要求をさせるようにあえて誘い込み、いざ要求したところで逮捕するという捜査方法です。

通常、海外ではおとり捜査が認められていても、日本ではおとり捜査は認められていないなどといわれますが、実際には日本でも判例上おとり捜査は犯人の訴追や処罰に影響をなんら及ぼさないと考えられています。

なぜなら麻薬や売春など、隠密裡かつ常習的に行われる犯罪に対しては、おとり捜査抜きでは犯人検挙や証拠収集が現実的に困難だといえるからです。

ただし実体的真実発見と同時に刑事訴訟法における重要な二大テーマである人権保障の要請も、違法・合法の判断の中には描かれていなければなりません。

おとりが完全にやりたい放題になれば、犯罪に誘わなくて済む人へ犯罪人のレッテルをどんどん貼っていく国になってしまうからです。

欧米では例えば、鍵をつけっぱなしにした自動車を少年が盗んだ場合、逆に鍵をつけっぱなしにした大人が責められるような社会意識があります。

犯罪者にしなくていい少年を、大人がスキを見せて悪の道に誘うことはなかったのだという理論です。

このためアメリカでは捜査員によるおとり捜査を犯意誘発型と機会提供型に分け、犯罪誘発型の捜査を違法とする「わなの理論」というものがあり、日本でもそうした要件立てをするのだといわれています。

つまりことがもし日本でも、エルモが既にやる気まんまんだったときには、捜査官がスキだらけの観光客に扮したとしても機会提供型のおとり捜査であり、人格的自律権を侵害したとまではいえないため、刑事訴訟法の 197条1項本文にある任意捜査として許されるものと考えられるのです。

おとり捜査官にチップを要求してきた路上のエルモには、先だって取り締まりの予告が行われていたことから、必要以上にやる気まんまんだったことが推定されます。

社会の深い場所にある病巣を鋭くえぐり出すと同時に、使い方を間違えれば健康な細胞も切り取ってしまうメス、おとり捜査も、とっても悪いエルモに対しては行使が否定されません。

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