黒四ダムの美談と強制的法益処分

NHK看板番組「プロジェクトX」打ち切りへ  「海老沢色」払拭で“新生”アピール (ZAKZAK)
プロジェクトXは平成12年春にスタートし、日本の成長を支えてきた「無名の人々」の苦闘を、再現映像や証言を交えて描写。「厳冬黒四ダム」など話題作を多数生み、菊池寛賞などを受賞している。」

民法の第415条をご覧下さい。

第415条〔債務不履行

「債務者が其債務の本旨に従ひたる履行を為さざるときは債権者は其損害の賠償を請求することを得債務者の責に帰すべき事由に因りて履行を為すこと能はざるに至りたるとき亦同じ」 

黒四ダムとよばれる巨大なダムが富山県の山間に姿を現すまでには、凄まじい数の労働者が命を落としたそうです。

それはブルドーザを分解しながら運び、何台も深い雪山を越えさせるなど、そこが過酷な現場であることは始める前から予測できていました。

そして大町トンネルと呼ばれる現場に突如水が吹き出してきた理由が破砕帯と呼ばれる地質だったのだそうです。

破砕帯とは、岩石がもろい地層が帯のように延々続く部分のことで、トンネル内には大量の水が労働者達の上へとあふれ出て止まらなかったといいます。

そこで建設会社以外にも政府や研究機関が総掛かりでこの問題に取りかかり、破砕帯はセメントと水を混ぜ合わせた溶剤を高圧で注入して、固めながら掘り進むという工法を編み出すことで解決され、実に83メートルも続いた破砕帯は人の手によって克服されたそうです。

黒四ダムでは建設工事中に命を落としたとされる人数が171人。

こうした国家的課題の前に、労働者の安全という権利観念がまず立ったなら、過酷な環境の工事そのものに着手が行われなかったはずです。

もともと雇用者には安全配慮義務というものがあります。

かつて川義事件とよばれる判例で、最高裁安全配慮義務の一般的内容を「労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務」だとしています(参照:労働判例百選 有斐閣)。

そもそもそれは信義則とよばれる民法の原則により雇用主に要求され、これが履行されないときは民法415条により債務不履行で労働者は雇用主に損害賠償を請求できます。

黒四ダムのような事実上の国家プロジェクト、おそらく高給で全国から集められたであろう労働者たちは、その過酷な労働条件の前に法律的アドバイスをする人達がいたとしても、その仕事を断ることができたでしょうか。

そのダムができなければ、今後ずっと大阪が電力不足になると言われて集められているのです。

もし互いが法の利益を主張すると膠着状態になるなら、事態を打開するためにその保護された権利を放棄できるのは本人だけです。

本来刑法上、生命のような法益は個人による勝手な処分など許されませんが、その時代、そのダムにおいて、それは「選択」と名付けられるしかなかったかもしれません。

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