曽根崎心中:抵抗権の極個人的行使

お初と徳兵衛 近松門左衛門「曽根崎心中」(朝日新聞 エンターテイメント)
近松門左衛門人形浄瑠璃曽根崎心中」には、遊女のお初が、縁側の下に隠した愛人の徳兵衛に、足で心中の覚悟をただすくだりがある。徳兵衛は、お初の足をとり、自分ののど笛をかき切るしぐさをしてみせ、決意を知らせる。」

フランス人権宣言の第2条をご覧下さい。

Declaration des Dorits de l'homme et du Citoyen de 1789

Art.2.-
「Le but de toute association politique est la conservation des droits naturels et imprescriptibles de l'Homme. Ces droits sont la liberte, la liberte, la propriete, la surete, et la resistance a l'oppression. 」

第2条(政治的結合の目的と権利の種類)

「すべての政治的結合の目的は、人の、時効によって消滅することのない自然的な諸権利の保全にある。これらの諸権利とは、自由、所有、安全および圧制への抵抗である。」

(引用:解説 世界憲法集 樋口陽一 吉田善明 三省堂

私やあなたが使っている憲法の裏側では、「抵抗権」というセキュリティシステムが、条文に明記されないまま起動していると考えられています。

抵抗権とは、国家が人の尊厳を踏みにじる重大な不法を行った時に、国民が、法の義務を拒否する権利のことです。

フランス人権宣言第2条に「resistance」という言葉があるように、究極的には、人の尊厳が確認されている現代、国民は最後の最後には国家の用意したテーブルをひっくり返す権利があると考えられているのです。

なぜならば、そもそも人の尊厳とは、国家さえ犯すことが出来ない場所からやってくる、人が人であるだけで与えられる権利だと考えられているからです。

これを自然権思想といい、私たちの憲法自然権思想に基づいて設計されていると考えられているため、そこに抵抗権の内包が肯定できるのです。

近松門左衛門が考えた大ヒット作、「曽根崎心中」では、遊女として売られてきたお初さんが醤油屋の手代、徳兵衛さんと恋に落ちますが、徳兵衛さんの継母は先に支度金を受け取ってしまい政略結婚をまとめてしまいます。

一方身を売られてきたお初さんも、一生をお金次第で縛られて生きていく以外、社会が許してくれない定めにありました。

お初さんと結婚するため返済する支度金、銀二貫目をせっかく用意できた徳兵衛さんも、九平次という男に口先三寸で取り上げられてしまいます。

九平次にきせられた無実の罪を晴らすため、お初さんは徳兵衛さんとともに、どうがんばっても自分達にからみついて自由にしてくれないお金や社会のしくみに対して一撃を加えるように心中してしまいます。

社会の仕組みがあたかも人の尊厳より高い場所にあるように言われた時代、尊厳の高みを証明するためには死をもって仕組みに一泡吹かせるしかなかったのです。

人の尊厳というものを薄々は感じながらも、未だそれを言語化して宣言するまでに至らなかった時代、強い立場に生まれた人は一生強く、国の仕組みはただ永劫続くものと考えられており、まさか「人の尊厳」がそれをひっくり返すほどの理由にあたるなどとは誰も言い出しませんでした。

現代に生きる私やあなたには死を用いずとも、抵抗権という権利が与えられているといわれますが、条文には書かれていないため、ともすればそれは鼻で笑われてしまいそうな危うい立場にある権利です。

しかし反面、その権利はどれほど法律が成熟しようともこの先も決してなくなることはない強固なものでもあります。

なぜなら一時代の法制度をよしとして、抵抗権を私たちが勝手に手放すことは、一時代の価値観でやはり独善的に人の尊厳のサイズを測ってしまうことを意味するからです。


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