アシュリーの手を引くプロジェリアという運命

早老症が老化の秘密を解き明かすかぎに(Yahoo)
「早老症とは、加速性の老化が特徴の非常にまれな(400万人に1人)小児の遺伝子疾患である。関節、皮膚、その他の問題に加えて加速型の心疾患を発症し、ほとんどが20歳前に心臓関連の合併症で死亡する。」

刑法の134条第1項をご覧下さい。

第134条〔秘密漏示〕

「1 医師,薬剤師,医薬品販売業者,助産師,弁護士,弁護人,公証人又はこれらの職にあった者が,正当な理由がないのに,その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは,6月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。(以下略)」 

生物には老化しないものもあり、イソギンチャクなどは何十年も衰えることなく生きていきます。

その意味で、老化とはよく言われるような生物共通の自然淘汰のプログラムなどではなく、有性生殖を行う生物だけの特徴です。

わたしたちがさまざまな苦しみや体験を乗り越えて、生殖に適した年齢に達することは生物学的にひとつのサバイバルを達成しているといえます。

生殖という一大使命を達成した私たちは、もはやその機能を保全する必要性が薄くなり、老化が始まるのだと考えられています。

しかしまれに生命の設計図ミス、すなわち遺伝子の変異により、生殖年齢に達するまで働くはずの機能保全が最初からなされない場合があります。

そのひとつが早老症、いわゆるプロジェリアです。

それは出産前の胚の時期にある遺伝子の1つのコピーに突然変異が生じ、身体のシステムが速やかに壊れてしまい、子供であろうとも老人のような姿に変わってしまうものです。

そして遺伝子変異には、もうひとつハンチントン病という病気があり、こちらの発症は中年以降に神経系が壊れ、死を招きます(参照:エイジング研究の最前線 別冊日経サイエンス)。

どちらも遺伝子という生命の設計図にミスが起こったことから招かれる悲劇ですが、かつてハンチントン病には遺伝病として近親者にこれを告知すべきかが争われた事例がアメリカで1980年代にあったと記録されています。

当時の医学では近親者の遺伝病のリスクを検査するには、罹患していた当人の協力が必須でしたが、彼女はハンチントン病を恥じ、また解雇をおそれて近親者への告知を拒みました。

日本の刑法の場合、134条が医師等の守秘義務違反に制裁を定めており、たとえ検査をすることで兄弟姉妹や子供達の生命が守られるのだとしても、道義を盾に秘密の開示を医師が強制することはできません。

なおかつ、たとえ遺伝的要素が強いと推測される領域であっても、必ずしもその検査の必要性が証明されているわけではありません。

よって医師の守秘義務と道義的警告義務の対立は前者に重く傾くことになります。

刑法134条が社会の安全の要請の前に、まず個人の尊厳を置いているのは、憲法上の要請も強く働いているからです(私見)。

アシュリー・ヘギという有名な少女が生まれてきたとき、そこにはもうプロジェリアという遺伝の運命が座っていました。

母親は運命に立ち向かう彼女の姿を決してかつらなどで隠そうとはせず、生命という存在に恥ずかしいものがあろうはずもないことを表現することを選びました。

そこには警告による遺伝子変異という状態の開示という消極的選択はありません。

瞬間瞬間を堂々と生きていくために、罹患を宣言して人の尊厳を提示し続けるという選択だけがありました。

そして彼女を見守る私たちに求められているのは、アシュリーでなく私やあなたであったかもしれないということを想像できる能力だけです。

遺伝というシステムの研究はまだ黎明期にあります。

そしてそれを進歩させるのは、私たちのそうした想像力であることは、きっと言を待ちません。

 

 

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