寺院出会いサロンに青雲が集う

寺院出会いサロンはお坊さん専用の出会い系サイト(フジテレビ トリビアの泉)
「寺院出会いサロンは出会いのない若い僧侶達のために、宗派の垣根を越えて開設された。」

墓地,埋葬等に関する法律の第13条をご覧下さい。

第13条

「墓地,納骨堂又は火葬場の管理者は,埋葬,埋蔵,収蔵又は火葬の求めを受けたときは,正当の理由がなければこれを拒んではならない」 

宗派とは同じ宗教の中にある別解釈グループのことで、各お寺さんを包括する団体です。

宗教法人法という法律の立法目的は、宗教団体がその財産を運営するため、宗教団体に法律上の人格を与えようとするものですが(1条)、グループである宗派にも、宗教法人法第2条1項2号が宗教法人格を与えています。

ところで宗派が違えば、異なってくるのが埋葬方法です。

なかには諸事情により、宗派のことなる人が特定のお寺さんに埋葬をお願いするといった争いがでてきます。

墓地,埋葬等に関する法律の第13条には「墓地,納骨堂又は火葬場の管理者は,埋葬,埋蔵,収蔵又は火葬の求めを受けたときは,正当の理由がなければこれを拒んではならない」と書かれています。

これを棒読みすれば、お寺さんはたとえ宗派の異なる人の埋葬依頼も拒めないと読めそうです。

しかしかつての津地裁の昭和38年6月21日判決は、『たとえ異宗派の人だからといってそれだけで埋葬は拒否できない』とはしながらも、『寺院墓地管理者にはオリジナルな宗派の典礼を行う権利があり、異なる宗派の典礼による埋葬や、典礼ナシでの埋葬はこれを拒むことができ、それは墓地法第13条の「拒絶できる正当な理由にあたる」』としています(意訳)。

国は埋葬という場面において、宗派を単に業務的な”埋葬における一方法”だけとは見ず、「内心の自由」の側面も非常に重く見て利益衡量していることがうかがい知れます(私見)。

寺院出会いサロンというネットの企画で、宗派を超えて仏門にある人たちに出会う機会を提供する要請があるのは、宗派という内心の自由に身を置く障壁の高さを一面証明しているようです。

しかし反面、寺院出会いサロンというような自由な出会いの場が現実に設けらてることは、志さえ高ければ、宗派という障壁は現実以上に高く見えないことも意味しています。

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