野茂への戦力外通知と侍の謀反

野茂に戦力外「オファー待つ」 (スポニチ)

「米大リーグ、デビルレイズは16日、野茂英雄投手(36)に戦力外通告をした。球団は今後10日間、野茂を、保有権の放棄を告知するウエーバーにかけ、他球団からのトレード、あるいは獲得の申し込みを待つ。獲得申し込みがない場合、野茂はマイナーと契約するか、自由契約となって自由に移籍交渉をするかの選択になる。」

侍の法律、御成敗式目の第9条をご覧下さい。

九 謀反人の事
「右、式目の趣・兼日に定め難き歟。且つは、先例に任せ、且つは、時の儀に依りて、之を行わ被る可し。」

(意訳)

九 謀反人をどうすべきか
「謀反の刑罰を細かく決めておくのは難しい。過去の判例を参考に当該事情を勘案しつつ判じること。」

御成敗式目は、鎌倉時代につくられた武士の法律です。

その優れた内容によって、室町時代・戦国時代・江戸時代に渡り、武士の行動規範を作る際の見本にされました。

ここで謀反とは、天皇や将軍など権力者に逆らって軍を起こし、現体制を転覆させようとする罪のことです。

現刑法にも77条内乱罪があり、首謀者は、死刑又は無期禁錮に処するとされていますが、もともと国家という幻想は、国の統治システムとか憲法の統治ルールによってたつものなので、それらを現行法を乗り越えて破壊しようとするいわば国家に直接刃物を向けた内乱罪に対しては、諸国が古くからもっとも警戒しています。

しかもこの犯罪の悩ましいところは、謀反が成功すれば、御成敗式目という法律も転覆し、結局裁かれるのは失敗した謀反だけということになるところで、そのため内乱罪には現実の結果は必要なく、危険を生んだだけで罰せられるしかありません。

こういう性質の犯罪を刑法学で危険犯と分類します。

野茂英雄投手はつい先日日米通算200勝という前世代の誰もが想像できなかった快挙を成し遂げました。

デビルレイズは野茂投手にとって8球団目です。

そういった安定しない環境で200勝を挙げるという事実の積み重ね、どれほど評価しても足りる物ではありません。

しかも野茂選手は球団との軋轢から大リーグ入りを表明した1995年当時、全てのマスコミから海外逃亡であるとなじられたのが現実です。

野茂は日本中から、「彼は何がしたいんだ?」という声を受けてもものともせず、本当に大リーグに渡って、しかもアリーグ、ナリーグともにノーヒットノーランを達成するという大リーガーとしても4人目の栄光を築きました。

野茂選手のしてきたことは、現代の「声援と移籍システムの整備」を用意されて送り出されるスター選手たちとは、その軌跡の質がまったく異なります。

大リーグのオールスターに日本人として初めて選出されたときも、不調で現地のファンからブーイングをうけたときも、感情をあからさまにすることなく黙々と投げ続けてきました。

野茂の大リーグ入りで、日本球界の閉鎖体質、翻訳すれば、「大リーグなんて、夢のまた夢」という認識は打ち壊され、見事謀反は成功しました。

日本球界のなかに「大リーグへの移籍」という堂々とした筋道をつけたのはIT社長でも、”たかがオーナー”でもなく、かつての危険犯、野茂英雄なのです。

野茂選手があと何年現役で投げられるのかはわかりませんが、その野球人生がどのような形で終わろうとも、心あるスポーツファンがいつまでも尊敬と感謝の念を忘れることはありません。

幕府を転覆させてしまった一人の野武士、野茂英雄御成敗式目九条で裁かれることは、もうないのです。

 

 

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