偽の大家さんと賃借権の物権化

他人のアパート部屋を賃貸欄に紹介、保証金を詐取(CNN)

ノルウェーオスロ――オスロの警察は、市内の人気住宅地にあるアパート個室に無断侵入、内部写真をインターネットの「不動産賃貸情報」欄に載せ、入居希望の11人から保証金の名目で2万5780ドル(約277万6000円)相当をだまし取っていた29歳の男を逮捕した。 」

民法の612条第1項をご覧下さい。

612条〔賃借権の譲渡および転貸の制限〕

「賃借人は賃貸人の承諾あるに非ざれば其権利を譲渡し又は賃借物を転貸することを得ず(以下略)」
 

賃貸借は、部屋の貸し借りでいえば、大家さんが部屋を探している人に部屋を使用収益させることを約束し、部屋を借りる人のほうは家賃を約束する契約のことです。

この法律下での約束、すなわち契約が成立すると、部屋を借りる人にはそれを返すまできれいに保管し、部屋の性質にしたがった使い方で使わなければなりません。

これを法律関係下にある人の善管注意義務といいます。

また民法は612条で、部屋を借りた人が大家さんの承諾なしで部屋を又貸しすることを禁じ、もしそれをやったら大家さんは契約を解除することができると定めています。

しかし転貸があれば、即、大家さんに解約が許されるとすると、悪気がなかった転貸人は行き場をなくしてしまいます。

このため判例は、賃借人が賃貸人の承諾を得ないで第三者に賃借物を使用収益させたとしても、それが背信行為と認められるレベルに達していない時には、大家さんによる解除は許されないとしています。

また、お部屋を借りている人が仕事が上手くいかなくてちょっと家賃を溜めてしまっただけですぐ大家さんに追い出されることもありません。

溜めてしまった態様が、賃貸借契約の基礎たる信頼関係を破壊するレベルに達していると認められなければ、解除は許されないというのが判例です。

これを通称、信頼関係破壊理論といいます。

今回の事件は他人の部屋に勝手に入り込んだ時点で論外ですがもし逮捕された男性が、その部屋の大家さんから借りていた賃借人だった時は、又貸しするにあたってその部屋がその男性の所有物でないことや、持ち主である大家さんに無断で話が進んでいること自体は、実はそんなに問題ではないのです。

これは不動産という高価な財産は誰にでも所有権を安易に入手することができず、その反面、部屋やお店、畑の賃借は借りている人の生活の全てがかかっていることから長年社会が法律に要求してきた賃借権の物権化と呼ばれる現象がなせる技です。

ここで大家さんに対してだけ「その部屋を貸せ」と主張できる法律的権利を債権といい、物権は大家さんが「その部屋を貸そうがつぶそうが自由だ!」と部屋を買ったときのレシートを振り回して世の中全員に主張できる権利のことを物権といいます。

条文を離れて判例が認めた債権であるはずの賃借権の物権化とは、「いったん手に入れた部屋を借りる権利を有る程度自由にするのは私の裁量だ!」と弱い立場の賃借人が毎月の家賃振り込み記帳を振り回して主張する様子だといえそうです(私見)。

現実に私たちの社会の物権の世界では、まず売り主を見つけておいて、それからはじめて正当な所有権者に話をつけるという手法は今日もそこらじゅうで行われています。

同じ行為でも、法律の網を踏み外さずに注意深くやればビジネスモデルと呼ばれ、順番を間違えれば犯罪とよばれるエリアがあります。

 

 

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