従業員への誓約書要求と鉱山で死んでいった人々

従業員に誓約書要求相次ぐ 企業情報漏えい防止理由に(長崎新聞)

労働基準法の16条をご覧下さい。

第16条(賠償予定の禁止)

「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」 

憲法二七条二項には「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める」と書かれています。

これに基づいて制定されたのが労働基準法です。

労働基準法はサラリーや労働時間、災害時の補償など重要な労働条件の最低ラインを定めています。

これら労働条件は、労働者と使用者が対等の立場で決定するのだとも2条1項に書かれています。

つまり会社に雇われるとは、契約を結ぶことに他ならず、頭を下げてなんとかこき使ってもらう牛馬にならせてもらうことではありません。

これを法学上、「契約とは意思表示の合致で成立する法律行為である」と表現します。

さて、「意思表示の合致」という一言、法学に興味をお持ちでないあなたにも十分役立つおまじないですので、ぜひ注意して以下をお読み下さい。

あなたがフリーマーケットで着られなくなった2万円のブラウスを売りに行ったとします。

ふと、子供が500円だけ握りしめてそのブラウスの前をいったりきたりしていることに気がついたあなたは、「500円でいいよ!」といいます。

これが意思表示の合致です。

たとえ500円でもあなたは納得してブラウスを渡し、子供は洋服に納得して全財産500円を渡しているからこそ有効な取引だということです。

逆にあなたの携帯にある日突然、「出会い系サイトに接続しましたか?今3万円払ったら退会できますよ?」という電話が入っても、契約という法律行為は意思表示が合致しなければ成立しないのだというのが大原則です。

それさえ覚えておけば、「いや、私の意思はかつてそんな形で合致させたことはない」と、自分の内心からたどって堂々とその電話を無視することができるのです。

「接続したことになった → 契約は絶対らしい → お金払わなくちゃ」という形式論には、どこにもあなたの内心から辿られておらず、そういった場所に法律関係が発生するはずがありません。

そのことを私的自治の原則と呼びます。

法律関係で迷ったら、あなたはいつも「契約とは、意思表示の合致による法律行為である」というおまじないを心の中でつぶやいてください。

もしあなたがすでに職場で意に添わない誓約書を書かされた後だとしても、あなたの意思の形がそこに合致していなければあなたには労基法16条をもってその無効を事後的に争う余地があります。

実際に判例でも「退職金を円満退職者以外には支給しない」という契約や、「退職後同業他社へ就職のときは退職金を自己都合退職の半額とする」という契約が無効とされています。

つまり片方に一方的に有利な条件の誓約書などは、もはや両者の意思が合致しているとは実質的に判断することができず、それを法律行為の範疇にいれることができないのだというのが、労働基準法16条の立法趣旨です(私見)。

企業にしてみても、もし従業員の情報漏洩で損害を被ったらその時は損害賠償を従業員に請求することは労基法16条は何ら障害になりませんので(昭和 22年 9月 13日 次官通達 17号)労基法が一方的に労働者に有利に作られているわけでもありません。

そもそも労基法2条1項に「対等である」という言葉を埋め込んだのは、労基法成立前の労使の非対等な関係の下、過酷な環境の鉱山や工場で健康を害し、あるいは命を落としていったたくさんの人たちによるのだということを、私たちは忘れるべきではありません。

いつの時代も選ばれる立場にある労働者と、選ぶ立場の使用者の関係上、契約が対等とはいえなかった現実に憂慮して、国家が私的自治原則を変形させてまで例外的に出動してきた現場、それが労働基準法です(私見)。
 


法理メール?