想像:法を機能させる力

JR西日本 スピードが売りだった…尼崎のJR福知山線列車脱線事故(中日スポーツ) 

航空・鉄道事故調査委員会設置法の第1条をご覧ください。

第1条 (目的)

「この法律は、航空事故及び鉄道事故の原因を究明するための調査を適確に行わせるとともに、これらの事故の兆候について必要な調査を行わせるため航空・鉄道事故調査委員会を設置し、もつて航空事故及び鉄道事故の防止に寄与することを目的とする。」

ここ恵比寿から徒歩20分、代官山のきれいなお店が途切れる槍ヶ崎交差点まで行くと、5年前の日比谷線せり上がり脱線衝突事故現場を下に見ることができます。

この事故のとき集められた事故調査委員会にはなんら法的権限が与えられていませんでした。

そのため事故発生直後に警視庁がレールをはずして差し押さえてしまうなど、調査活動に支障をきたしたことを受け、その後航空事故調査委員会を改組して、「航空・鉄道事故調査委員会」が常設されることになり、調査活動に法的保護が与えられました。

これが航空・鉄道事故調査委員会設置法です。

日比谷線の事故の場合、運輸省鉄道事故調査検討会はその最終報告において事故の最大原因を「静止輪重のアンバランス」だと指摘しました。

静止輪重のアンバランスとは、止まっているときの右と左の車輪がそれぞれレールを押さえつける力の比のことをいうようです。

なんのことはない、車軸の構造上最初から斜めになっている車体が、3割も存在していたということです。

そして同報告は「車両の構造などからこれが困難な場合は」脱線防止ガードを追加設置するよう二重の対策を求めています。

結局文脈が最後に表現するのは「カーブには極力脱線防止ガードを付けよ」、これが5年前わが国最高の専門家が与えた指摘でした。

問題はそこからです。

そのさきの道筋をつけることに、私たちはなんと失敗していました。

あの、目の前に鉄筋マンションが建つ尼崎のカーブにも、脱線防止ガードは付けられていませんでした。

私たちはてっきり、日比谷線の事故の教訓はどこかの誰かが全国の鉄道に生かしてくれたものだとばかり思い込んでいたのです。

しかし利潤獲得競争にある鉄道業者が、法制度ギリギリのところで日々の営業を続けるのは許容範囲内では当然であり、脱線防止ガードのカーブにおける設置など、法的強制がなければそのような最終的に運賃を上げてしまうコストはかけないのが自明の理です。

私たちは日比谷線の失敗で調査委員会に法的根拠を与えることには成功しましたが、その最終報告に鉄道業者を従わせる法的制度の敷設には失敗していたのです。

もしそれが今後もないのなら、調査委員会の能書きは今後どんな意味をもつのでしょう。

最終報告そのものに法的効力を与えなくとも、もしそれが生命の安全にとって真実をついた内容ならば、鉄道業者が最終報告にいやおうなく従わざるを得ないような立法の検討組織を調査委員会の次段階として待機させるべきでした。

そうでなければ設置法1条は「この法律は航空・鉄道事故調査委員会を設置し、もつて当該事故にかかわった全ての権力者達をその疑義から解放する難解な最終報告を国民に投げ出すことを目的とする」と読むべきことになります。

今度のカーブを曲がりきれなかったのは私であり、あなたでした。

尼崎のカーブで再び列車を脱線させ、何十人もの人の人生を突然望まない形で終わらせてしまったことは、日比谷線で5年前、奇しくも同じ午前9時の朝日の中、通勤・通学途中に亡くなっていった方々の死を私たちが最終的に生かしきれていなかった事を意味します。

法制度を私たちが暮らす社会のどこまで行き渡らせることができるかのは、いつも私たち一人一人の想像力にかかっています。
 


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